複素数と分解型複素数から分解型四元数を生成して、実二次正方行列との同型対応を見ます。
『行列と代数系』シリーズの記事です。
- 実二次正方行列の初歩
- 実二次正方行列と代数系
- 冪零行列と二重数
- 三種類の二元数
- 分解型四元数と同型対応 ← この記事
- 分解型四元数と幾何代数
- 行列表現と外積と行列式
- 分解型複素数と固有値
目次
三種類の二元数はすべて行列で表現することが出来ました。それらを混ぜるとどうなるかも行列から考えることができます。
二重数は後に回して、まず複素数と分解型複素数の積を計算します。
\begin{aligned}
(a+bi)(c+dj)&=ac+adj+bci+bdij
\\
\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}c&d\\d&c\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}ac-bd&ad-bc\\ad+bc&ac+bd\end{pmatrix} \\
&=\begin{pmatrix}ac&0\\0&ac\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}0&ad\\ad&0\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}0&-bc\\bc&0\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}-bd&0\\0&bd\end{pmatrix} \\
&=ac\underbrace{\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}}_1
+ad\underbrace{\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}}_j
+bc\underbrace{\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}}_i
+bd\underbrace{\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}}_{ij}
\end{aligned}
積を和に分割することで $ij$ に対応する行列が特定できました。
掛ける順序を逆にします。
\begin{aligned}
(c+dj)(a+bi)&=ac+adj+bci+bdji
\\
\begin{pmatrix}c&d\\d&c\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}ac+bd&ad-bc\\ad+bc&ac-bd\end{pmatrix} \\
&=\begin{pmatrix}ac&0\\0&ac\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}0&ad\\ad&0\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}0&-bc\\bc&0\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}bd&0\\0&-bd\end{pmatrix} \\
&=ac\underbrace{\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}}_1
+ad\underbrace{\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}}_j
+bc\underbrace{\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}}_i
+bd\underbrace{\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}}_{ji}
\end{aligned}
$ij$ と $ji$ に対応する行列は異なることが分かりました。次の関係が認められます。
\begin{aligned}
ij&=-ji
\\
\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}
&=-\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}
\end{aligned}
$i$ と $j$ は交換によって符号が反転します。この性質を反交換性と呼びます。
今後は $ij$ を $k$ と表記します。$k$ の2乗を確認します。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}^2&=I \\
k^2&=1
\end{aligned}
$i,j,k$ は行列と対応しているため結合則を満たします。同じことを結合性があるとも表現します。結合性と反交換性から他の組み合わせの積を導きます。
\begin{aligned}
jk&=jij=-ijj=-i,&kj&=ijj=i&∴jk&=-kj=-i \\
ki&=iji=-
iij=j,&ik&=
iij=-j&∴ki&=-ik=j
\end{aligned}
$i,j,k$ すべてに反交換性が確認できました。念のため行列の積でも確認します。
\begin{aligned}
\underbrace{\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}}_j
\underbrace{\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}}_k
&=\underbrace{\begin{pmatrix}0&1\\-1&0\end{pmatrix}}_{-i},
&
\underbrace{\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}}_k
\underbrace{\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}}_j
&=\underbrace{\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}}_i
\\
\underbrace{\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}}_k
\underbrace{\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}}_i
&=\underbrace{\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}}_j,
&
\underbrace{\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}}_i
\underbrace{\begin{pmatrix}-1&0\\0&1\end{pmatrix}}_k
&=\underbrace{\begin{pmatrix}0&-1\\-1&0\end{pmatrix}}_{-j}
\end{aligned}
まとめると、次の性質を持った代数系が得られました。これは分解型四元数と呼ばれます。英語では split-quaternion です。
分解型四元数
i^2=-1,\ j^2=k^2=1 \\
ij=-ji=k,\ jk=-kj=-i,\ ki=-ik=j
a+bi+cj+dk
\ ↦\ \begin{pmatrix}a-d&-b+c\\b+c&a+d\end{pmatrix}
$i$ は複素数、$j$ は分解型複素数の虚数単位に由来します。$k$ はそれらの積です。
分解型四元数は四元数に似ていますが別物です。四元数の性質と比較します。
四元数
i^2=j^2=k^2=-1 \\
ij=-ji=k,\ jk=-kj=i,\ ki=-ik=j
a+bi+cj+dk
\ ↦\ \begin{pmatrix}a-di&-c-bi\\c-bi&a+di\end{pmatrix}
$j ^ 2,k ^ 2,jk,kj$ が四元数と分解型四元数で異なります。表現行列の成分は分解型四元数では実数ですが、四元数では複素数です。
今回は分解型四元数についての説明が目的のため、四元数についてはこの辺で切り上げます。いずれ機会を改めて取り上げる予定です。
同型
今まで扱っていた行列はすべてサイズが 2×2 で成分が実数の行列です。この種の行列を実二次正方行列と呼びます。
分解型四元数の表現行列を再掲します。
a+bi+cj+dk
\ ↦\ \begin{pmatrix}a-d&-b+c\\b+c&a+d\end{pmatrix}
分解型四元数の係数を調整すれば、1つの成分が $1$ で残りの成分は $0$ の表現行列が作れます。
\begin{aligned}
&\frac12(1-k)&↦&
&\begin{pmatrix}\frac{1+1}2&0\\0&\frac{1-1}2\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}
\\
&\frac12(-i+j)&↦&
&\begin{pmatrix}0&\frac{1+1}2\\\frac{-1+1}2&0\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}0&1\\0&0\end{pmatrix}
\\
&\frac12(i+j)&↦&
&\begin{pmatrix}0&\frac{-1+1}2\\\frac{1+1}2&0\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}
\\
&\frac12(1+k)&↦&
&\begin{pmatrix}\frac{1-1}2&0\\0&\frac{1+1}2\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}0&0\\0&1\end{pmatrix}
\end{aligned}
これによって任意の実二次正方行列を分解型四元数で表現できます。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}~↦~
&\frac12\{a(1-k)+b(-i+j)+c(i+j)+d(1+k)\} \\
=&\frac12\{(a+d)+(-b+c)i+(b+c)j+(-a+d)k\}
\end{aligned}
具体例を示します。計算が入るため、ぱっと見で対応付けるのは困難です。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}1&2\\4&3\end{pmatrix}~↦~
&\frac12\{(1+3)+(-2+4)i+(2+4)j+(-1+3)k\} \\
=&2+i+3j+k
\end{aligned}
実二次正方行列と分解型四元数は相互に変換が可能です。また、行列の和と積と、対応する分解型四元数の和と積は、同じ結果となります。
このように代数的に等価な関係を同型と呼びます。
二重数
分解型四元数は実二次正方行列と同型のため、二重数も表現できます。
\begin{aligned}
&\frac12(i+j)&↦&&\begin{pmatrix}0&0\\1&0\end{pmatrix}
\end{aligned}
二重数の性質は冪零であれば再現できるため、$i+j$ や $i+k$ が二重数の分解型四元数での表現としては簡単です。
(i+j)^2=(i+k)^2=0
逆数
表現行列の逆行列が分解型四元数の逆数に対応します。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}a-d&-b+c\\b+c&a+d\end{pmatrix}^{-1}
&=\frac1{(a-d)(a+d)-(-b+c)(b+c)}
\begin{pmatrix}a+d&b-c\\-b-c&a-d\end{pmatrix} \\
&=\frac1{a^2+b^2-c^2-d^2}
\begin{pmatrix}a-(-d)&-(-b)+(-c)\\(-b)+(-c)&a+(-d)\end{pmatrix} \\
\end{aligned}
行列での結果より、次のように逆数を求めれば良いことが分かります。
\begin{aligned}
(a+bi+cj+dk)^{-1}
&=\frac1{a+bi+cj+dk} \\
&=\frac{a-bi-cj-dk}{(a+bi+cj+dk)(a-bi-cj-dk)} \\
&=\frac{a-bi-cj-dk}{a^2+b^2-c^2-d^2}
\end{aligned}
分母より $a ^ 2+b ^ 2-c ^ 2-d ^ 2≠0$ が逆数の存在する条件です。符号は $+,+,-,-$ で分解型符号数となっています。
逆数の分子より、分解型四元数の共役を次のように定めます。
(a+bi+cj+dk)^*=a-bi-cj-dk
その他
分解型四元数の積には色々と興味深い性質があります。複素平面に相当するものをどのように構築するかとも関係します。次回はそれらを見ます。
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