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General Chinese(通字方案)- 中国語方言を包括する表記システム

General Chinese(通字方案)は、20世紀の言語学者、趙元任によって考案された音韻表記システムです。このシステムの特筆すべき点は、中国語の主要な方言の発音を同時に表現できる包括的な音素超越的(diaphonemic)正書法として設計されたことにあります。

目次

概要

趙元任は、このシステムを漢字版とローマ字版という2つの形式で提案しました。漢字版(通字漢字)は2,082文字からなる音節文字体系として構築され、従来の漢字使用数を約80%削減することに成功しました。実際のテキストにおいては90-95%の文字が一意に識別可能であり、実用性の高いシステムとなっています。一方、ローマ字版は声調を子音の有声/無声と母音の表記方法で巧みに表現し、平均3.5文字という効率的な形で1音節を表記することを可能にしました。

音韻的特徴に着目すると、General Chineseは各方言の特徴を効果的に統合しています。声母(子音)については呉方言の体系を基礎とし、有声音と無声音の区別を保持しつつ、口蓋化の情報も含んでいます。韻母(母音)は標準中国語の体系を基礎としながら、複雑な母音の変化も表記可能な柔軟性を持っています。特に注目すべきは韻尾(末子音)の扱いで、広東語の体系を基礎として -p、-t、-k(入声)および -m、-n、-ng の区別を維持しています。

各方言への対応を見ると、マンダリン(標準中国語)の場合、声調は規則的に導出可能で、90%以上のケースで規則的な対応が成立しますが、一部に不規則な対応が見られます。広東語では入声韻尾を完全に保持し、声調も規則的に対応します。呉語では有声子音を保持しつつ、入声は声門閉鎖音 ʔ に変化するという特徴があります。閩語においても、独自の子音変化に対応しながら、入声は声門閉鎖音 ʔ として実現します。

特に入声音の処理は、方言研究において重要な意味を持ちます。General Chineseでは、基本的に

  • -m → -p
  • -n → -t
  • -ng → -c

という対応を設定しつつ、各方言での実現形の違いを体系的に説明できるようになっています。例えば、マンダリンでは入声が消失して声調変化として現れ、広東語では完全に保持され、呉語・閩語では声門閉鎖音化するといった違いを、このシステムは記述することができます。

中古音との違い

General Chinese(通字方案)は中古音の復元とは異なる目的を持っています。中古音が歴史的な音価の復元を目指すのに対し、通字方案は現代の方言間の対応関係を記述することを主眼としています。

例えば、中古音では全濁声母は有声音 b, d, g, z, ʣ, ʥ として復元されますが、通字方案では現代方言で区別のある音韻特徴のみを示します。全濁声母は呉方言で有声音として保持されているため、通字方案でも有声音として表記されますが、これは歴史的な音価の復元ではなく、現代方言の音韻対応を示すためのものです。

また中古音では入声韻尾 -p, -t, -k は独立した音素として復元されますが、通字方案では現代方言での対応関係を示すために、-m, -n, -ng の変異として扱われます。これは現代方言での音韻対応をより効率的に示すための選択です。

このように通字方案は歴史的音価の復元ではなく、現代方言の音韻対応を簡潔に示すことを目的として設計されています。

方言語形の導出

General Chineseから各方言の語形を導出する過程を、「趙元任」の名前を例に具体的に見てみましょう。

表記体系
General Chinese dhyao qiuan remm
マンダリン zhào yuán rèn
広東語 ziu6 jyun4 jam6
閩南語 tiō gôan jīm
日本語(呉音) でう(deu)→じょう(jō) ぐわん(gwan)→がん(gan) にん(nin)
日本語(漢音) てう(teu)→ちょう(chō) げん(gen) じん(jin)

まず「趙 dhyao」から見ていきましょう。有声子音の dh- は、マンダリンでは声調を変化させて無声音 zh- になります。韻母 -yao は上声(第2声)を示していますが、声調の変化によって zhào となります。広東語では有声音が保持され、また上声も保持されるため、ziu6 となります。閩南語では語頭子音が t- となり、tiō となります。

「元 qiuan」では、語頭の q- (ng-) がマンダリンでは消失して yuán に、広東語では語頭子音 j となって jyun4 に、閩南語では g となって gôan となるといった具合に、規則的な対応を示します。

「任 remm」の場合、語末の -mm は重い韻尾で去声を示します。これがマンダリンでは rèn として実現し、広東語では語末の -m を保持して jam6 となり、閩南語では jīm となります。

このように、General Chineseの表記から各方言の実際の発音形式は、ほとんどの場合において規則的な音韻対応によって導出することができます。例外は主に以下の場合に限られます:

  1. マンダリンにおける一部の入声字の声調
  2. 特定の方言での特殊な音韻変化(例:閩語の一部の子音変化)
  3. 日本語の濁音など、不規則な音韻変化を被った場合

しかし、これらの例外を除けば、システムは90%以上の確率で正確な予測を可能にしています。この高い予測可能性は、General Chineseが単なる表記システムではなく、中国語方言の通時的・共時的な音韻変化を適切に捉えた体系であることを示しています。

結論

このシステムの射程は中国語方言にとどまらず、韓国語・日本語・ベトナム語における漢字音の表記にも応用可能です。歴史的な音韻変化を反映しつつ、現代の方言差を体系的に説明できるこのシステムは、東アジアの言語研究に新たな視点を提供します。