メビウス変換の合成が行列の積と同じ規則になることを、順を追って説明します。
目次
メビウス変換
ここで、$z, a, b, c, d$
は複素数であり、$ad - bc \neq 0$
です。この条件により、$f(z)$
が定数関数となったり、分母が $0$
となるケースを除外します。
条件
分母と分子が定数倍の関係となる条件を考えます。
定数を複素数 $x$
とすれば、$ax=c$
かつ $bx=d$
より $ad-bc=0$
となります。
分母と分子が定数倍の関係になれば、メビウス変換は定数関数 $f(z)=\dfrac1x$
となるため、引数の情報が失われて逆変換ができなくなります。
また、分母が $0$
となるケースは $x=0$
として含まれます。
同次座標
成分と除数をセットにした座標を同次座標と呼びます。
複素 1 次元の場合、単純に分子と分母に対応します。本記事では同次座標を縦ベクトルで表現します。
\frac{a}{b} \cong \begin{pmatrix}a \\ b\end{pmatrix}
分数形でない場合、除数を 1 とします。
z \cong \begin{pmatrix}z \\ 1\end{pmatrix}
同次座標は、除数を 0 とすることで無限遠点が表現できます。
∞ \cong \begin{pmatrix}1 \\ 0\end{pmatrix}
※ ここでは形式的に $∞$
と書いていますが、割り算として計算しているわけではありません。同次座標は割り算とは切り離して、単にそのような成分の座標として扱います。
行列表現
メビウス変換の右辺を同次座標でベクトル化すれば、係数を行列に分離できます。
f(z)=\frac{az + b}{cz + d} \cong \begin{pmatrix}az + b \\ cz + d\end{pmatrix} = \begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} \begin{pmatrix} z \\ 1 \end{pmatrix}
これにより、複素数平面上でのメビウス変換を線形代数の枠組みで捉えることができるようになります。
具体的には、メビウス変換に対応するのは係数を分離した行列の部分です。
\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}
連続したメビウス変換は、行列の積によって合成できます。
f \circ f \cong\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix} =\begin{pmatrix}a^2+bc & ab+bd \\ ca+dc & cb+d^2\end{pmatrix}
複素数としての計算と結果が一致します。
(f \circ f)(z) &=f(f(z)) \\ &=f\left(\frac{az + b}{cz + d}\right) \\ &=\frac{a\left(\dfrac{az + b}{cz + d}\right) + b}{c\left(\dfrac{az + b}{cz + d}\right) + d} \\ &=\frac{\dfrac{a(az + b) + b(cz + d)}{cz + d}}{\dfrac{c(az + b) + d(cz + d)}{cz + d}} \\ &=\frac{a^2z + ab + bcz + bd}{caz + cb + dcz + d^2} \\ &=\frac{(a^2+bc)z+(ab+bd)}{(ca+dc)z+(cb+d^2)} \\ &\cong\begin{pmatrix}a^2+bc & ab+bd \\ ca+dc & cb+d^2\end{pmatrix}\begin{pmatrix} z \\ 1 \end{pmatrix}
このように、行列の積として計算する方が見通しが良くて簡単です。
※ この結果は、結合法則 $A(BC)=(AB)C$
から理解できます。
\underbrace{\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\left\{\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix} z \\ 1 \end{pmatrix}\right\}}_{f(f(z))} &=\underbrace{\left\{\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\right\}\begin{pmatrix} z \\ 1 \end{pmatrix}}_{(f \circ f)(z)} \\ \underbrace{\begin{pmatrix} a & b \\ c & d \end{pmatrix}\begin{pmatrix}az + b \\ cz + d\end{pmatrix}}_{f\left(\frac{az + b}{cz + d}\right)} &=\begin{pmatrix}a^2+bc & ab+bd \\ ca+dc & cb+d^2\end{pmatrix}\begin{pmatrix} z \\ 1 \end{pmatrix}
参考
メビウス変換(一次分数変換)が表す内容については、こちらのポストが簡潔にまとまっています。
本筋じゃないけど1次分数変換がどういう変換なのかがわかってよかった.
— ことり (@komugikotori) May 20, 2024
GL(2,ℂ)の元は原点を通る「直線」を原点を通る「直線」に移すから傾きを傾きに移す写像が作れるってことだね.
※ 行列式が 0 ではない n 次の正方行列全体の集合を n 次の一般線型群 GL(n) と呼びます。GL(2,ℂ) は成分が複素数であることを表します。2 次正方行列の行列式は $ad-bc$
となり、0 でない条件がメビウス変換と一致するため、メビウス変換の行列表現は GL(2,ℂ) に属します。同次座標は $(a:b)\sim(ca:cb)$
のように比例関係を同一視しますが、これは原点を通る直線に対応します。これがメビウス変換によって別の直線に移されるということです。
本記事を公開した後、偶然同じ話題についてのポストを見掛けました。
1次分数変換の合成や逆変換、私は授業で暗算するふりをしているが、実は行列を用いて計算している(すみません。こう計算している先生は多いと思う)。行列が高校数学にあったときは、行列を用いて「1次分数変換型の漸化式」を解く話もしていた。懐かしい…。行列、高校数学に戻ってこないかなぁ。 pic.twitter.com/aCm2bJp4l6
— 大澤裕一 (@HirokazuOHSAWA) January 2, 2025
本記事の執筆にあたって、Mistral と Grok の AI チャットの回答を参考にしました。
https://chat.mistral.ai/chat/03ed8d2d-3e31-4da2-8547-d9a44936d1db
同次座標という用語を知らないらしく「ホモゲン座標」と言っています。説明の仕方は好みです。https://x.com/i/grok/share/6BqZMHqNLD3Z6KnHEMG3T3HGS
簡潔で、この説明も好みです。
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同じことを DeepSeek-V3 にも聞いてみました。
通常の回答は簡潔ですが、分かりにくい部分があります。DeepThink の回答がバランスが取れているように思います。