Physics Advent Calendar 2017 10日目の参加記事です。7日目に引き続きマクスウェル方程式の話題です。
マクスウェルはマクスウェル方程式を発表した後、四元数を用いた書き替えを行いました。それについては中嶋慧さんのツイートに詳しいです。
今回はマクスウェルの記法を追うのではなく、四元数表記のコンセプトを説明します。必要な道具(ナブラや双四元数)はハミルトンが発見していたのには驚かされます。
この記事を書くに当たり、中嶋慧さんから計算方法をご教示頂きました。ここに感謝の意を表します。
目次
現代のベクトル解析によるマクスウェル方程式です。簡単のため光速と誘電率と透磁率は 1 とします。
\begin{aligned}
\mathrm{div}\,\vec{B}&=0\\
\frac{∂\vec{B}}{∂t}+\mathrm{rot}\,\vec{E}&=0\\
\mathrm{div}\,\vec{E}&=ρ\\
-\frac{∂\vec{E}}{∂t}+\mathrm{rot}\,\vec{B}&=\vec{j}
\end{aligned}
四元数で表記します。マクスウェルが使用した記法ではなく再解釈しています。
\begin{aligned}
\frac{∂B}{∂t}+∇E&=-ρ\\
-\frac{∂E}{∂t}+∇B&=J
\end{aligned}
双四元数(四元数の複素拡張)を使えば、一本の式にまとめられます。
D(E+Bh)=(ρh+J)h
電磁ポテンシャルからも導出できます。
DD^*(φh+A)h=D(E+Bh)=(ρh+J)h
$h$ で括らない項を追加すれば、モノポールを含んだ式ができます。
DD^*\{(ψh+α)+(φh+A)h\}=D(E+Bh)=(ρ_mh+J_m)+(ρh+J)h
四元数や双四元数で表記された式の読み方を説明するのが今回の目的です。
マクスウェル方程式を表記するのに必要な範囲で簡単に四元数を説明します。(八元数の記事からの抜粋です)
複素数は実数に $i ^ 2=-1$ となる虚数単位 $i$ を追加したものです。複素数の性質として積が閉じていることが重要です。具体的には複素数の掛け算が複素数に収まるということです。
(\underbrace{a_0}_{\text{実部}}+\underbrace{a_1i}_{\text{虚部}})(\underbrace{b_0}_{\text{実部}}+\underbrace{b_1i}_{\text{虚部}})=\underbrace{a_0b_0-a_1b_1}_{\text{実部}}+\underbrace{(a_0b_1+a_1b_0)i}_{\text{虚部}}
同じ要領で $i$ とは別の虚数単位 $j$ を追加して積を計算してみます。
\begin{aligned}
&(a_0+a_1i+a_2j)(b_0+b_1i+b_2j) \\
&=(a_0b_0-a_1b_1-a_2b_2) \\
&\quad +(a_0b_1+a_1b_0)i+(a_0b_2+a_2b_0)j+\underbrace{(a_1b_2+a_2b_1)ij}_? \\
\end{aligned}
よく分からない $ij$ という項が現れました。これは $i$ でも $j$ でもありません。$ij=k$ として別の虚数単位 $k$ と見なし、虚数単位としての性質を合わせるための調整を行います。
反交換性
$k ^ 2=-1$ にするために $ij=-ji$ というルールを追加します。この性質は $i$ と $j$ を交換すると符号が反転するということから反交換性と呼びます。
k^2=(ij)^2=i\underbrace{ji}_{-ij}j=-ii jj=-(-1)(-1)=-1
このようにして虚数単位を $i,j,k$ の3本立てにすることで複素数を拡張したのが四元数です。
演算規則
今まで出て来た規則から他のすべての演算規則が導けます。
\begin{aligned}
jk=jij=-ijj=i,\ kj=ijj=-i\ &⇒\ jk=-kj=i\\
ki=iji=-ii j=j,\ ik=ii j=-j\ &⇒\ ki=-ik=j
\end{aligned}
異なる虚数単位すべての組み合わせで反交換性が確認できました。
ベクトル
四元数の虚部で3次元ベクトルが表せます。
\left(\begin{matrix}a_1\\a_2\\a_3\end{matrix}\right)\cong a_1i+a_2j+a_3k
実部も使えば4次元ベクトルを表せなくもありませんが、あまりうまく扱えません。実部には次で見るように内積としての役割があるためです。
四元数で表したベクトル同士の積を計算すれば内積と外積が得られます。
\begin{aligned}
&(a_1i+a_2j+a_3k)(b_1i+b_2j+b_3k) \\
&=a_1i(b_1i+b_2j+b_3k) \\
&\quad +a_2j(b_1i+b_2j+b_3k) \\
&\quad +a_3k(b_1i+b_2j+b_3k) \\
&=a_1b_1\underbrace{i^2}_{-1}+a_1b_2\underbrace{ij}_{k}+a_1b_3\underbrace{ik}_{-j} \\
&\quad +a_2b_1\underbrace{ji}_{-k}+a_2b_2\underbrace{j^2}_{-1}+a_2b_3\underbrace{jk}_{i} \\
&\quad +a_3b_1\underbrace{ki}_{j}+a_3b_2\underbrace{kj}_{-i}+a_3b_3\underbrace{k^2}_{-1} \\
&=-(\underbrace{a_1b_1+a_2b_2+a_3b_3}_{\text{
内積}}) \\
&\quad +\underbrace{(a_2b_3-a_3b_2)i+(a_3b_1-a_1b_3)j+(a_1b_2-a_2b_1)k}_{\text{
外積}}
\end{aligned}
細かく見れば、同じ虚数単位の積は内積に、異なる虚数単位の積は外積になっていることが分かります。
内積に付いているマイナスは、計算過程を見れば分かるように虚数単位の2乗が $-1$ になることに由来します。これがプラスになるように調整すると結合性が壊れてしまいます。
ナブラ
四元数に対する微分作用素としてナブラ $∇$ を定義します。
∇:=i\frac{∂}{∂x}+j\frac{∂}{∂y}+k\frac{∂}{∂z}
ナブラは四元数を発見したハミルトンによって定義されています。前回の記事で扱ったディラック作用素の前身とも考えられます。
スカラー値関数に作用させれば grad が得られます。
∇F=\underbrace{\frac{∂F}{∂x}i+\frac{∂F}{∂y}j+\frac{∂F}{∂z}k}_{\mathrm{grad}\,F}
四元数によるベクトル場に作用させれば、実部(Re)が div の符号反転、虚部(Im)が rot となります。
\begin{aligned}
&∇(Xi+Yj+Zk)\\
&=\left(\frac{∂X}{∂x}i+\frac{∂X}{∂y}j+\frac{∂X}{∂z}k\right)i\\
&\quad+\left(\frac{∂Y}{∂x}i+\frac{∂Y}{∂y}j+\frac{∂Y}{∂z}k\right)j\\
&\quad+\left(\frac{∂Z}{∂x}i+\frac{∂Z}{∂y}j+\frac{∂Z}{∂z}k\right)k\\
&=-\frac{∂X}{∂x}-\frac{∂X}{∂y}k+\frac{∂X}{∂z}j\\
&\quad+\frac{∂Y}{∂x}k-\frac{∂Y}{∂y}-\frac{∂Y}{∂z}i\\
&\quad-\frac{∂Z}{∂x}j+\frac{∂Z}{∂y}i-\frac{∂Z}{∂z}\\
&=-\underbrace{\left(\frac{∂X}{∂x}+\frac{∂Y}{∂y}+\frac{∂Z}{∂z}\right)}_{∇\cdot\,≅\,\mathrm{div}}\\
&\quad+\underbrace{\left(\frac{∂Z}{∂y}-\frac{∂Y}{∂z}\right)i+\left(\frac{∂X}{∂z}-\frac{∂Z}{∂x}\right)j+\left(\frac{∂Y}{∂x}-\frac{∂X}{∂y}\right)k}_{∇×\,≅\,\mathrm{rot}}
\end{aligned}
四元数の積から内積と外積が得られることを思い出せば、ベクトル解析でナブラとの内積が div、外積が rot として扱われることと符合します。
ここまでの知識で、マクスウェル方程式が四元数で表記できるようになります。
電場 $E$ と磁束密度 $B$ と電流密度 $J$ を定義します。
E=E_xi+E_yj+E_zk\\
B=B_xi+B_yj+B_zk\\
J=J_xi+J_yj+J_zk
現代のベクトル解析による4本の式を四元数で書き直します。
\begin{aligned}
\mathrm{Re}∇B&=0&&\cdots\ (1)\\
\frac{∂B}{∂t}+\mathrm{Im}∇E&=0&&\cdots\ (2)\\
-\mathrm{Re}∇E&=ρ&&\cdots\ (3)\\
-\frac{∂E}{∂t}+\mathrm{Im}∇B&=J&&\cdots\ (4)\\
\end{aligned}
四元数の実部と虚部を合わせるために $(1)+(4)$ と $(2)-(3)$ より、冒頭に掲載した2式が得られます。
\begin{aligned}
\frac{∂B}{∂t}+∇E&=-ρ&&\cdots\ (5)\\
-\frac{∂E}{∂t}+∇B&=J&&\cdots\ (6)
\end{aligned}
この式を更にまとめることはできないでしょうか。
四元数の係数に複素数を使うことを考えます。
c_0,c_1,c_2,c_3∈\mathbb{C}
c_0+c_1i+c_2j+c_3k
このような四元数の複素拡張を双四元数(Biquaternion)と呼びます。これもハミルトンが発見していました。構造は $\mathbb{C}⊗\mathbb{H}$ と示されます。
係数の虚数単位は四元数の虚数単位 $i,j,k$ とは別物です。ここでは $h$ と表記します。
a_0,a_1,a_2,a_3,b_0,b_1,b_2,b_3∈\mathbb{R}
(a_0+b_0h)+(a_1+b_1h)i+(a_2+b_2h)j+(a_3+b_3h)k
$h$ と $i,j,k$ は異なる空間に属するため相互作用しません。具体的には、結合して1つの虚数単位を構成することはなく、反交換性も持ちません。言い換えると $h$ と $i,j,k$ は可換です。
hi=ih,\ hj=jh,\ hk=kh\\
(hi)^2=hihi=hhii=(-1)(-1)=1,\ (hj)^2=(hk)^2=1
※ 結合して1つの虚数単位を構成する八元数とは異なります。八元数についての詳細はこちらの記事を参照してください。
双四元数はパウリ行列で表現されます。詳細はこちらの記事を参照してください。
\begin{aligned}
hi≅σ_1&=\left(\begin{matrix} 0 & 1 \\ 1 & 0 \end{matrix}\right)\\
hj≅σ_2&=\left(\begin{matrix} 0 &-i \\ i & 0 \end{matrix}\right)\\
hk≅σ_3&=\left(\begin{matrix} 1 & 0 \\ 0 &-1 \end{matrix}\right)
\end{aligned}
複素平面で2つの実数によって表される $(x,y)$ を複素数 $x+yi$ にまとめるように、2つの四元数 $(a,b)$ は双四元数 $a+bh$ にまとめることができます。
四元数表記での2本の式を $(5)+(6)h$ として1本にまとめます。
\left(\frac{∂B}{∂t}+∇E\right)+\left(-\frac{∂E}{∂t}+∇B\right)h=-ρ+Jh
式を整理して $E+Bh$ を1つにまとめます。
\begin{aligned}
\frac{∂}{∂t}(B-Eh)+∇(E+Bh)&=(ρh+J)h\\
h\frac{∂}{∂t}(-Bh-E)+∇(E+Bh)&=(ρh+J)h\\
-h\frac{∂}{∂t}(E+Bh)+∇(E+Bh)&=(ρh+J)h\\
\left(-h\frac{∂}{∂t}+∇\right)(E+Bh)&=(ρh+J)h\\
\end{aligned}
作用素を $D$ として括り出します。ナブラを展開すれば、$D$ は双四元数のナブラに相当することが確認できます。符号の違いは計量と関係があると解釈できます。
\begin{aligned}
D:=&-h\frac{∂}{∂t}+∇\\
=&-h\frac{∂}{∂t}+i\frac{∂}{∂x}+j\frac{∂}{∂y}+k\frac{∂}{∂z}
\end{aligned}
$D$ を使えば、マクスウェル方程式はシンプルに表記できます。
D(E+Bh)=(ρh+J)h
※ この式は中嶋慧さんにご教示頂きました。
元となった4式のマクスウェル方程式よりもずっと簡単な形をしています。ここまでの流れを逆にして、この式を出発点にベクトル解析での式を得る方が簡単に思えて来ないでしょうか?
片方の式を $h$ で包むだけで自然に四元形式に拡張できているのが面白いです。四元数は「四元」とあることから実部を含めれば四元形式が表現できそうに思えますが、実際にはベクトルとして扱えるのは虚部だけです。四元形式を扱うために $h$ を追加して双四元数に拡張するわけです。
電磁ポテンシャル
ここからは前回の記事をなぞります。
電磁ポテンシャルにダランベルシアンを適用すれば四元電流密度が得られます。
\Box A=J
ディラック作用素を自乗すればダランベルシアンが得られましたが、双四元数のナブラを自乗しても符号が合わず、余分な項が残ります。
\begin{aligned}
D^2
&=\left(-h\frac{∂}{∂t}+∇\right)^2\\
&=\underbrace{-\frac{∂^2}{∂t^2}}_{\text{符号}}+∇^2\underbrace{-2h\frac{∂}{∂t}∇}_{\text{余分な項}}
\end{aligned}
これは $(x+y)(x-y)=x ^ 2-y ^ 2$ 型の因数分解で対応可能です。
\begin{aligned}
&\left(h\frac{∂}{∂t}+∇\right)\left(-h\frac{∂}{∂t}+∇\right)\\
&=\frac{∂^2}{∂t^2}+∇^2\\
&=\frac{∂^2}{∂t^2}-\frac{∂^2}{∂x^2}-\frac{∂^2}{∂y^2}-\frac{∂^2}{∂z^2}\\
&=\Box
\end{aligned}
前の因子は $h$ に関しての複素共役です。これを $^*$ で表記します。
D^*:=h\frac{∂}{∂t}+∇\\
D^*D=DD^*=\Box
※ この定義は中嶋慧さんにご教示頂きました。
共役が必要になるのは、$h$ が $i,j,k$ と可換であることに由来します。クリフォード代数ではすべての基底が反可換(反交換)であるため、共役を使わずに自乗でダランベルシアンが導出できます。
$D^*$ によって電磁ポテンシャルから電磁テンソルが導出できます。
\begin{aligned}
A=&A_xi+A_yj+A_zk\\
∇A=&\underbrace{\mathrm{Re}∇A}_{-\mathrm{div}\,A}+\underbrace{\mathrm{Im}∇A}_{\mathrm{rot}\,A}
\end{aligned}
\begin{aligned}
D^*(φh+A)
&=\left(h\frac{∂}{∂t}+∇\right)(φh+A)\\
&=-\frac{∂φ}{∂t}+∇φh+\frac{∂A}{∂t}h+∇A\\
&=-\frac{∂φ}{∂t}+∇A+\left(∇φ+\frac{∂A}{∂t}\right)h\\
&=\underbrace{-\frac{∂φ}{∂t}+\mathrm{Re}∇A}_{ローレンス条件より0}+\underbrace{\mathrm{Im}∇A}_{B}+\underbrace{\left(∇φ+\frac{∂A}{∂t}\right)}_{-E}h\\
&=B-Eh
\end{aligned}
$E$ と $B$ に分離するのが肝です。全体に $h$ を掛ければ $E+Bh$ の形に調整できます。
D^*(φh+A)h=(B-Eh)h=E+Bh
まとめれば電磁ポテンシャルからマクスウェル方程式が導出できます。
DD^*(φh+A)h=D(E+Bh)=(ρh+J)h
※ この式は中嶋慧さんにご教示頂きました。
$(φh+A)h$ と $(ρh+J)h$ はかなり強引な括りに見えます。それらと対になる $(ψh+α)$ と $(ρ_mh+J_m)$ を補えば、モノポールを含んだ式となります。
DD^*\{(ψh+α)+(φh+A)h\}=D(E+Bh)=(ρ_mh+J_m)+(ρh+J)h
※ この式は中嶋慧さんによる式を一部符号反転したものです。
$E,B$ の成分が増えます。
\begin{aligned}
E&=-∇φ-\frac{∂A}{∂t}+\mathrm{Im}∇α\\
B&=∇ψ+\frac{∂α}{∂t}+\mathrm{Im}∇A
\end{aligned}
モノポールは実験では確認されていません。仮に存在すればこうなるだろうという式です。