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八元数の定義が 480 通りあることの導出

八元数は、四元数を拡張して得られる 8 次元の数体系です。八元数の定義が 480 通りあることを導出します。

目次

概要

八元数の知識は前提としませんが、四元数は既知とします。ただし使用する四元数の関係式は限られます。

i^2=j^2=k^2=-1 \\
ij=-ji=k,\ jk=-kj=i,\ ki=-ik=j

八元数は実数と 7 つの虚数単位 $e_1, e_2, \cdots, e_7$ からなり、それぞれの虚数単位は複素数における $i$ と同様に二乗すると$-1$ になる性質を持っています。

e_i^2=-1\quad(i=1,2,\cdots,7)

八元数四元数から受け継いだ性質として、異なる虚数単位の積の順序を入れ替えることで符号が反転します。

e_i e_j = -e_j e_i\quad(i ≠ j)

2 つの虚数単位の積は別の虚数単位となります。

e_i e_j = e_k\quad(i, j, k \text{は定義に依存})

この関係は任意の $i,j,k$ で成り立つわけではありません。

※ 例えば $e_1 e_2 = e_3$ と定義した場合、$e_2 e_1 = -e_3$ となります。

定義には任意性があり、表題のように 480 通りあります。今回の記事では定義の数の導出について説明します。

三つ組

どの定義も代数としての性質は同じであるため、通常、どれか 1 つに固定して使用します。

よく使われる定義は限られており、英語版の Wikipedia の記事では以下の 2 種類が示されます。

  1. $ijk = 123, 145, 176, 246, 257, 347, 365$: グレイブス(1843)、ケイリー(1845)による。
  2. $ijk = 124, 137, 156, 235, 267, 346, 457$: Triads として行列のような形で示されている。

$ijk$$e_i e_j = e_k$ となる虚数単位の組み合わせを表す添え字で三つ組 (triad) と呼ばれます。

※ 例えば 123 は $e_1 e_2 = e_3$ を意味します。

$e_i e_j = e_k$ を満たす虚数単位 $e_i,e_j,e_k$ の組は、四元数 $i,j,k$ と同じ関係式を満たします。

&ij=-ji=k,&&jk=-kj=i,&&ki=-ik=j \\
&e_i e_j = -e_j e_i = e_k,&&e_j e_k = -e_k e_j = e_i,&&e_k e_i = -e_i e_k = e_j

1 つの八元数の定義には三つ組が 7 つ含まれ、この関係式を適用することですべての虚数単位の積が決まります。

※ 乗積表をコンパクトに圧縮したのが 7 つの三つ組だと言えます。

可除性

実数・複素数四元数は割り算ができるという性質(可除性)を持ちます。八元数も可除性を持つように定義されます。

可除性とは、任意の非零元 $a, b, c$ に対して、$ab = cb$ ならば $a = c$ が成り立つという性質です。言い換えると、零でない元で割り算をしたとき、その商が一意に定まるということです。

※ 例えば $e_1 e_2 = e_3$ と定義した場合、$e_1 e_i = e_3$ となるのは $i=2$ に限定されます。また、$e_1 (-e_2) = -e_3$ となりますが、添え字で符号を変えることはできないため、$e_1 e_i = -e_3$ を満たす $i$ は存在しません。

定義に含まれる三つ組を並べたとき、可除性は、ある 2 つの数字の組み合わせが 1 つの三つ組にしか含まれないという形で現れます。

※ 例えば $ijk = 123, 145, 176, 246, 257, 347, 365$ では、1 と 2 が含まれるのは 123 だけです。

虚数単位の積を定義する際、このように既に定義された積と矛盾しないか確認することが重要になります。

零因子

零因子とは、非零元 $a, b$ に対して、その積 $ab$ が 0 となるような元のことを指します。

$ab = c$ として、可除性が成り立つなら $cb^{-1}=a$ となるはずです。しかし $c=0$ の場合、$0b^{-1}=0$ となって $a≠0$ と矛盾します。これは零因子が現れると可除性に反することを意味します。

八元数は可除性を持つように定義されるため、零因子を含まないように注意する必要があります。

三つ組の定義

四元数から引き継いだ性質と可除性に注意しながら八元数の三つ組を定義します。どこに任意性があるのかを明確にします。

i=1

三つ組 $ijk$ において $i=1$ に固定した場合、$j,k$ をどのように選択するかを考えます。

$i=1$ となる三つ組には必ず 1 が含まれるため、可除性よりそれ以外の数字が重複することはありません。$a,b,c,d,e,f$ をそれぞれ異なる $2,3,\cdots,7$ のどれかとすれば、3 つの三つ組が定義されます。

&1ab:&&e_1 e_a = e_b\\
&1cd:&&e_1 e_c = e_d\\
&1ef:&&e_1 e_e = e_f

$a,b,c,d,e,f$ の組み合わせは $6!=720$ 通りです。三つ組の順番は区別されないため、組み合わせは $6!÷3!=120$ 通りとなります。

※ 三つ組内部の順番は区別されます。例えば 123 と 132 は区別されます。

固定化

$a,b,c,d,e,f$ をどのように定義しても性質は変わらないことから、以降の議論に影響はありません。

※ 直観的には数字の互換で移り合うことから理解できます。

以降の議論を単純化するため、$a,b,c,d,e,f$ をグレイブスとケイリーによる定義で固定します。

&123:&&e_1 e_2 = e_3\\
&145:&&e_1 e_4 = e_5\\
&176:&&e_1 e_7 = e_6

i=2

三つ組 $ijk$ において $i=2$ に固定した場合、$j,k$ をどのように選択するかを考えます。

$e_1 e_2 = e_3$ より $e_2 e_1 = -e_3,\ e_2 e_3 = e_1$ が自動的に決まります。

$e_1 e_4 = e_5$ より $e_2 e_4$ の候補から $±e_5$ が排除されるため、候補は $±e_6,±e_7$ の 4 通りに絞られます。この選択は任意のため、$i=1$ のときの 120 通りと掛け合わせると、ここまでの組み合わせは $120×4=480$ 通りとなります。

※ 結果が 480 通りであることから逆に考えると、残りの三つ組は自動的に決まることが示唆されます。ここから先はやや複雑な計算を行いますが、そのことを意識して読むと良いでしょう。

固定化

どれを選択しても以降の議論に影響はないことから、先ほどと同様にグレイブスとケイリーによる定義で固定します。

&246:&&e_2 e_4 = e_6

※ 議論に本質的な影響はありませんが、$i=1$ のときとは異なり、互換によって移れる組み合わせが二分されます。(詳細は後述)

零因子の確認

2 を含む三つ組として 123 と 246 が決まったため、残りを数字が重複しないように選べば 257 または 275 となります。よって $e_2 e_5$ の候補は $±e_7$ に絞られます。

この選択によっては零因子が発生することを確認します。

(e_1+e_2)(e_4-e_7)
&=e_1e_4-e_1e_7+e_2e_4-e_2e_7 \\
&=e_5-e_6+e_6-e_2e_7 \\
&=e_5-e_2e_7

$e_2e_7=e_5$、つまり $e_2e_5=-e_7$ であれば 0 になります。これは零因子として排除されるため、$e_2e_5=e_7$ に決まります。

&257:&&e_2 e_5 = e_7

多項式の見付け方

このような多項式をどのように見付けるかを書いておきます。

$e_2 e_4=e_6$ とした上で $e_2 e_5 = ±e_7$ のどちらかを選択するため、両方の計算が含まれる必要があります。

0 に近付けるため $e_6$ が相殺する必要があります。$e_6$ を含む定義済の三つ組には $e_1 e_7 = e_6$ があるため、$e_1 e_7$$e_2 e_4$ が相殺するように式を立てました。

(e_1+e_2)(e_4-e_7)=e_1e_4-\cancel{e_1e_7}+\cancel{e_2e_4}-e_2e_7

i = 3

三つ組 $ijk$ において $i=3$ に固定した場合、$j,k$ をどのように選択するかを考えます。

$e_1 e_2 = e_3$ より $e_3 e_1 = e_2,\ e_3 e_2 = -e_1$ が自動的に決まります。

$e_1 e_4 = e_5$ より $e_3 e_4$ の候補から $±e_5$ が排除され、$e_2 e_4 = e_6$ より $±e_6$ が排除されるため、候補は $±e_7$ に絞られます。

$e_3 e_4$ の組み合わせが現れ、それ以外は既知となるように多項式を立てます。

(e_3+e_6)(e_1+e_4)
&=e_3e_1+e_3e_4+e_6e_1+e_6e_4 \\
&=e_2+e_3e_4+e_7-e_2 \\
&=e_3e_4+e_7

0 となることを避けるには $e_3e_4≠-e_7$ が要請されるため、$e_3e_4=e_7$ に決まります。

&347:&&e_3 e_4 = e_7

3 を含む三つ組として 123 と 347 が決まったため、残りを数字が重複しないように選べば 356 または 365 となります。よって $e_3 e_5$ の候補は $±e_6$ に絞られます。

$e_3 e_5$ の組み合わせが現れ、それ以外は既知となるように多項式を立てます。

(e_1+e_3)(e_5-e_7)
&=e_1e_5-e_1e_7+e_3e_5-e_3e_7 \\
&=-e_4-e_6+e_3e_5+e_4 \\
&=-e_6+e_3e_5

0 となることを避けるには $e_3e_5≠e_6$ が要請されるため、$e_3e_5=-e_6$ に決まります。マイナスが出ないように組み替えて三つ組にします。

&365:&&e_3 e_6 = e_5

以上で 7 つの三つ組が出揃いました。

ijk = 123, 145, 176, 246, 257, 347, 365

まとめ

$ijk$ の三つ組のうち、$i=1$ となる 3 つと(120 通り)、$i=2$ となる 1 つを決めれば(4 通り)、残りの 3 つは零因子を避けることで自動的に決まります。(全体で 480 通り)

互換による分類

$i=1$ の三つ組をどのように選んでも、互換によって移り合うことが可能です。

例: 123,145,176 → (6 ⇔ 7) → 123,145,167

$i=1$ の三つ組を決めた上で $i=2$ の三つ組を 4 通りの中から選べば、互換によって移れる組み合わせが二分されます。

  1. 145, 176, 246, 257 → (4 ⇔ 7, 5 ⇔ 6) → 176, 145, 275, 264 (=2)
  2. 145, 176, 264, 275 → (4 ⇔ 7, 5 ⇔ 6) → 176, 145, 257, 246 (=1)
  3. 145, 176, 247, 265 → (4 ⇔ 7, 5 ⇔ 6) → 176, 145, 274, 256 (=4)
  4. 145, 176, 274, 256 → (4 ⇔ 7, 5 ⇔ 6) → 176, 145, 247, 265 (=3)

これは 480 通りの組み合わせが 240 通りずつに二分されることを意味します。

代表的な定義

Wikipedia から引用した代表的な定義は、互換によって移れない組み合わせになっています。

  1. $ijk = 123, 145, 176, 246, 257, 347, 365$
  2. $ijk = 124, 137, 156, 235, 267, 346, 457$

それぞれ数字の並びに算術的な特徴があります。

  1. ビット演算の排他的論理和i XOR j = k
  2. 合同算術:$ijk=124,235,346,457,561,672,713$ と書き換えれば
    $i+3=j+2=k \pmod 7$

※ この算術に八元数の構成のヒントが含まれないか考えましたが、240 種類の中から特徴的なものを選んだという以上のことは不明です。

リスト

代表的な定義から総当たりで置換して三つ組のリストを生成するコードです。それぞれ 240 通りずつ生成され、重複しないことを確認しています。

1 種類の 1ab,1cd,1ef につき 4 つずつ定義があり、2 つずつグループに別れている様子が、具体的に示されます。

ファノ平面

三つ組を円と直線の上に置いて有向グラフとして描いたのがファノ平面です。

代表的な定義をファノ平面にプロットすれば、中心からの矢印(赤)が逆方向になっていることが分かります。

  • 123, 145, 176, 246, 257, 347, 365

1 2 3 4 5 6 7

  • 124, 137, 156, 235, 267, 346, 457

1 2 4 7 3 6 5

両者は有向グラフとしての構造が異なるため、互換によって移れないことが直感的に理解できます。

ただし中心からの矢印の向きを変えれば他方の互換グループに移せます。

例: 123, 145, 176, 246, 257, 347, 365 → 123, 154, 176, 264, 257, 374, 365

1 2 3 4 5 6 7

$e_5,e_6,e_7$ の定義の符号を逆にしたと理解できます。

互換グループが移ったことで、互換によって合同算術タイプに移すことができます。

  • 123, 154, 176, 264, 257, 374, 365
    → (3 ⇔ 4) → 124, 153, 176, 263, 257, 473, 465
    → (5 ⇔ 7) → 124, 173, 156, 263, 275, 453, 467
    → (3 ⇔ 7) → 124, 137, 156, 267, 235, 457, 463
    → 124, 235, 346, 457, 561, 672, 713

つまり互換グループを移す操作を加えれば、480 通りの定義は相互に変換可能となります。

七角形

ファノ平面は正三角形と内接円だけでなく、立体など様々な描き方が可能です。以下に各種のファノ平面がまとめられています。

この中でも興味深いのは後者に掲載されている七角形タイプのファノ平面です。(以下引用)

合同算術タイプの定義に含まれる対称性 $i+3=j+2=k \pmod 7$ が、色分けされている 7 つの同じ形の三角形で視覚的に表現されています。