複素数と行列の初歩を前提として、資料を読み解くのに必要な道具立てを説明します。
目次
概要
多重複素数はマイナーな分野で、紹介記事は Wikipedia くらいしかなく、それより詳しい内容は論文を読むことになります。この分野特有の概念があるため、最初は Wikipedia を読むのにも困難を感じるかもしれません。まずは取っ掛かりとして、Wikipedia を読むために最低限必要な事項について、順を追って説明します。
それほど高度な数学は必要としませんが、複素数と行列の初歩(積の計算・単位行列)を前提とします。それらを駆使して数の体系を拡張していきます。
※ 対角化も使いますが、行列の変換の一種という理解で先に進んでも構いません。
多重複素数と呼ばれる代数系には、セグレによるものとフルーリーによるものの 2 種類があります。それぞれ別物です。
これらは超複素数と呼ばれる代数の一部です。超複素数には四元数や八元数も含まれますが、今回の記事では扱いません。
複素数の虚数単位 $i$ は $i ^ 2=-1$ という性質を持ちます。$j ^ 2=1$ となるように定義した虚数単位 $j$ を持つのが分解型複素数です。
$i ^ 2=-1$ を満たす $i$ は実数の範囲内にはありませんが、$j ^ 2=1$ は実数の範囲内で $±1$ と解けます。しかし $j$ は実数の範囲外の数として定義されるため、$±1$ とは区別されます。
以下のような疑問が湧くかもしれません。
- そんな数を勝手に定義して良いのか?
- 実数ではないとして、どう捉えるのか?(捉え所がない)
行列による表現
疑問を解消するための 1 つの方法として、行列に置き換えて考えます。
※ 分解型複素数くらいの概念であれば、人によっては行列を使うと逆に分かりにくいかもしれません。ですが代数の性質を議論するのに行列を使うことは一般的なので、慣れておいた方が何かと便利です。
数を 2×2 行列で表すことを考えます。$1$ は他の数に掛けてもその数を変化させませんが、行列では単位行列が同じ性質を持ちます。
\textcolor{red}{1}×a=a
\textcolor{red}{\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}}
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
このことから、$1$ を単位行列に置き換えて考えます。このような方法を「行列による表現(行列表現)」と呼びます。表現を置き換える操作を $↦$ 記号で表記します。
\textcolor{red}{1}
↦\textcolor{red}{\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}}
実数は単位行列とその定数倍で表現します。$n$ を実数とします。
n↦n\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}=\begin{pmatrix}n&0\\0&n\end{pmatrix}
2 乗すると 1 になる数は、2 乗して単位行列になる行列で表現されます。そのような行列は無数にあるため、最も単純な形をした行列を探します。
実数 $n$ を表現した行列では対角成分に $n$ が含まれるため、実数の範囲外という条件を対角成分が $0$ だと読み替えて、2 乗して単位行列になる行列を探します。
\begin{pmatrix}0&a\\b&0\end{pmatrix}^2
=\begin{pmatrix}ab&0\\0&ab\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}
∴ab=1
※ ここでは分かりやすさを優先して対角成分を $0$ としていますが、実際には必ずしも $0$ でなくても構いません。後で対角化によって確認します。
最も単純な形として $a=b=1$ とした行列を、分解型複素数の虚数単位 $j$ の表現として採用します。
j↦\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}
このように行列で表現すれば、$j$ が $1$ とも $-1$ とも異なることがはっきりします。
なお、同様に複素数の虚数単位 $i$ は次のように表現できます。
i↦\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}
※ $1$ と $-1$ の位置は入れ替えても構いません。どちらの流儀もあります。
複素数や分解型複素数の和は、そのまま行列の和に対応します。
\begin{alignedat}{3}
a+bi
&↦a\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}+b\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix} \\
a+bj
&↦a\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}+b\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}a&b\\b&a\end{pmatrix}
\end{alignedat}
※ $i$ と $j$ が行列で表現できたので、それらを混ぜるとどうなるかが実験できます。積を計算すると $ij=-ji$ という性質が確認できます。これは分解型四元数と呼ばれる代数です。今回の範囲を超えるため詳細は省略します。
代数を行列で表現することは、行列の側から見れば、特定の形で切り出して意味付けをすることになります。
対角化
$j$ を表現する行列(表現行列)を対角化してみます。
P=\begin{pmatrix}1 & 1\\1 & -1\end{pmatrix}
P^{-1}\begin{pmatrix}0 & 1\\1 & 0\end{pmatrix}P
=\begin{pmatrix}1 & 0\\0 & -1\end{pmatrix}
※ 対角化は相似変換と呼ばれる行列の変換を利用します。$P$ は変換行列と呼ばれます。対角化によって得られた行列を比較することで、異なる行列が同じ性質を持つかどうかを確認できます。
対角化した行列も 2 乗すると単位行列になるため、分解型複素数の虚数単位 $j$ の表現行列として使えます。
\begin{pmatrix}1 & 0\\0 & -1\end{pmatrix}^2
=\begin{pmatrix}1 & 0\\0 & 1\end{pmatrix}
直和
分解型複素数の表現行列を対角化したものに置き換えます。
a+bj
↦a\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}+b\begin{pmatrix}1&0\\0&-1\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}a+b&0\\0&a-b\end{pmatrix}
$1$ も $j$ も対角行列で表現されるため、分解型複素数全体も対角行列で表現されます。
片方の対角成分を 1 にするような元を調べて $i',j'$ とおきます。
\begin{alignedat}{2}
\begin{pmatrix}1&0\\0&0\end{pmatrix}
&=\frac12\begin{pmatrix}1+1&0\\0&1-1\end{pmatrix}&
&↦\frac{1+j}2=:i' \\
\begin{pmatrix}0&0\\0&1\end{pmatrix}
&=\frac12\begin{pmatrix}1+(-1)&0\\0&1-(-1)\end{pmatrix}&
&↦\frac{1-j}2=:j'
\end{alignedat}
$i',j'$ を使えば、分解型複素数と行列の成分とを直接対応付けられます。
ai'+bj'↦\begin{pmatrix}a&0\\0&b\end{pmatrix}
対角成分だけの行列は、積の計算が簡単になります。
\begin{pmatrix}a&0\\0&b\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}c&0\\0&d\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}ac&0\\0&bd\end{pmatrix}
対角成分を並べた構造を直和と呼んで、演算子 $⊕$ で表記します。
(a⊕b)(c⊕d)=ac⊕bd
$i',j'$ で表記した分解型複素数でも同様の関係が成り立ちます。
(ai'+bj')(ci'+dj')=aci'+bdj'
分解型複素数は 2 つの実数の直和に分解できるということです。この構造を $ℝ⊕ℝ$ と表記します。
直和を表現する $i'$ と $j'$ には変わった特徴があるので見ていきます。
零因子
$i'$ と $j'$ の積を求めます。
i'j'=\left(\frac{1+j}2\right)\left(\frac{1-j}2\right)=\frac{1-j^2}4=0
このように積が $0$ となる因子を零因子と呼びます。$i'$ と $j'$ は零因子です。
※ 詳しく言えば、$0$ でない元との積が $0$ となることがある元を零因子と呼びます。$0$ は零因子です。$i'$ と $j'$ はお互いにこの条件を満たすため、どちらも零因子となります。
冪等
$i'$ と $j'$ の 2 乗を求めます。
\begin{aligned}
{i'}^2&=\left(\frac{1+j}2\right)^2=\frac{1+2j+j^2}4=\frac{1+j}2=i' \\
{j'}^2&=\left(\frac{1-j}2\right)^2=\frac{1-2j+j^2}4=\frac{1-j}2=j'
\end{aligned}
どちらも 2 乗する前と等しくなりました。このような性質を冪等と呼びます。
冪等であれば零因子となることは簡単に導けます。$a$ を冪等とします。
\begin{aligned}
a^2&=a\\
a^2-a&=0\\
a(a-1)&=0
\end{aligned}
$a=0,1$ でなければ、$a$ も $a-1$ も零因子です。
基底
複素数や分解型複素数は実部と虚部の組み合わせによって構成されます。
実数の単位は $1$、複素数の虚数単位は $i$、分解型複素数の虚数単位は $j$ です。これらの単位を基底と呼びます。
複素数は $1,i$、分解型複素数は $1,j$ が基底となります。
基底は固定ではなく、置き換えることもできます。分解型複素数における $i',j'$ も基底となります。
※ ここまでは分解型複素数について見て来ました。ここからは複素数の拡張について考えます。
複素数の表現行列で $a$ や $b$ を複素数にすることを考えます。
a=a_1+a_2i,\ b=b_1+b_2i
\begin{pmatrix}a&-b\\b&a\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}a_1+a_2i&-(b_1+b_2i)\\b_1+b_2i&a_1+a_2i\end{pmatrix}
※ 複素数の表現行列は、分解型複素数とは異なり対角化しても見通しの良い形にはならないため、ここでは対角化していません。
このようにして作った代数は、複素数の中に複素数が入ったという構造を持ち、双複素数と呼びます。
代数としての表記では、行列の構造として表現される虚数単位を $i _ 1$、行列の成分に含まれる虚数単位を $i _ 2$ とします。
a+bi_1=(a_1+a_2i_2)+(b_1+b_2i_2)i_1
※ 添え字の付け方は決めの問題なので、逆にする流儀もあるかもしれません。
虚数単位の性質を行列計算で確認します。
\begin{alignedat}{4}
{i_1}^2
&↦\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}^2&
&=\begin{pmatrix}-1&0\\0&-1\end{pmatrix}&
&↦-1& \\
{i_2}^2
&↦\begin{pmatrix}i&0\\0&i\end{pmatrix}^2&
&=\begin{pmatrix}-1&0\\0&-1\end{pmatrix}&
&↦-1& \\
\end{alignedat}
\begin{alignedat}{3}
i_1i_2
&↦\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}i&0\\0&i\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}& \\
i_2i_1
&↦\begin{pmatrix}i&0\\0&i\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}&
\end{alignedat}
まとめると双複素数は次の性質を持ちます。$i _ 1$ と $i _ 2$ は積において可換です。虚数単位を増やしただけだと考えれば簡単です。
{i_1}^2 = {i_2}^2 = -1,\ i_1i_2=i_2i_1
※ $i _ 2$ の表現行列が単位行列の $i$ 倍になっていることに注意すれば、可換性は自明に感じられるかもしれません。
代数としての計算規則が分かれば、行列を用いなくても直接計算ができます。
(i_1i_2)^2={i_1}^2\,{i_2}^2=(-1)(-1)=1
$i _ 1i _ 2$ は 2 乗して $1$ になることから、分解型複素数の虚数単位と同一視できます。複素数の虚数単位を組み合わせることで、分解型複素数の虚数単位が構成されるということです。
$i _ 1i _ 2$ が分解型複素数の虚数単位と同一視できることから、$j$ と表記する流儀があります。
i_1i_2↦j
$i _ 1$ を $i$ と表記すれば、双複素数を $i$ と $j$ で書き直せます。
i_1↦i
i_2=-i_1(i_1i_2)↦-ij
双複素数の $i _ 1,i _ 2$ が可換であることから、書き換えた $i,j$ も可換となります。
ij↦i_1(i_1i_2)=(i_1i_2)i_1↦ji
$i,j$ で表現した双複素数をテッサリンと呼びます。双複素数とテッサリンは本質的には同じものを異なる形で表現しただけです。このような関係を同型と呼びます。
ここで注意する必要があるのは、表現する行列が、テッサリンの $i$ と複素数の $i$ は一致しますが、テッサリンの $j$ と分解型複素数の $j$ は一致しない点です。
\begin{alignedat}{2}
i&↦i_1&
&↦\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} \\
j&↦i_1i_2&
&↦\begin{pmatrix}0&-i\\i&0\end{pmatrix}
≠\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}
\end{alignedat}
※ ここで示した $j$ の 2 つの表現行列はどちらもパウリ行列に含まれます。
行列の違いは可換性に現れます。テッサリンの $i,j$ は可換ですが、複素数と分解型複素数を組み合わせた分解型四元数の $i,j$ は非可換です。テッサリンと分解型四元数の見た目は同じですが、代数として同型ではありません。
※ 四元数とも見た目は同じためテッサリンを可換四元数と呼ぶ人も見かけます。
直和分解
双複素数が分解型複素数の虚数単位を含むということは、直和分解できることを意味します。
$a,b,c,d$ を複素数として、分解型複素数と同様に $i',j'$ を使えば $ℂ⊕ℂ$ に直和分解できます。
(ai'+bj')(ci'+dj')=aci'+bdj'
実行列表現
双複素数を 2×2 の複素行列で表現しましたが、行列の中に行列を入れれば 4×4 の実行列で表現できます。
\begin{aligned}
(a_1+a_2i_2)+(b_1+b_2i_2)i_1
↦&\begin{pmatrix}a_1+a_2i&-(b_1+b_2i)\\b_1+b_2i&a_1+a_2i\end{pmatrix} \\
↦&\begin{pmatrix}
\begin{pmatrix}a_1&-a_2\\a_2&a_1\end{pmatrix} &
-\begin{pmatrix}b_1&-b_2\\b_2&b_1\end{pmatrix} \\
\begin{pmatrix}b_1&-b_2\\b_2&b_1\end{pmatrix} &
\begin{pmatrix}a_1&-a_2\\a_2&a_1\end{pmatrix}
\end{pmatrix} \\
=&\begin{pmatrix}
a_1 & -a_2 & -b_1 & b_2 \\
a_2 & a_1 & -b_2 & -b_1 \\
b_1 & -b_2 & a_1 & -a_2 \\
b_2 & b_1 & a_2 & a_1
\end{pmatrix}
\end{aligned}
※ この実行列表現は後で別の方法(クロネッカー積)で構成したものと比較します。
双複素数の構成法には別の捉え方があります。
行列の和に分解して $i$ を括り出せば、今までと $i _ 1$ と $i _ 2$ のネストが逆になります。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}a_1+a_2i&-(b_1+b_2i)\\b_1+b_2i&a_1+a_2i\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}a_1&-b_1\\b_1&a_1\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}a_2&-b_2\\b_2&a_2\end{pmatrix}i \\
&↦(a_1+b_1i_1)+(a_2+b_2i_1)i_2
\end{aligned}
代数として書き直す際に係数として掛かることを演算子 $⊗$ で表記すれば、虚数単位を添え字で区別する必要がなくなります。
\begin{aligned}
&\begin{pmatrix}a_1&-b_1\\b_1&a_1\end{pmatrix}1
+\begin{pmatrix}a_2&-b_2\\b_2&a_2\end{pmatrix}i \\
↦&(a_1+b_1i)⊗1+(a_2+b_2i)⊗i
\end{aligned}
このように代数を構成する $⊗$ をテンソル積と呼びます。双複素数は複素数と複素数のテンソル積で構成され、その構造を $ℂ⊗ℂ$ と表記します。代数の構造を調べるのにテンソル積は有用です。
テンソル積は分配法則が成り立ちます。ただし $⊗1$ を省略することはできません。
\begin{aligned}
&(a_1+b_1i)⊗1+(a_2+b_2i)⊗i \\
=&a_1⊗1+b_1i⊗1+a_2⊗i+b_2i⊗i
\end{aligned}
添え字による表記との対応を示します。このようにテンソル積で代数の構成を考える際には、基底のテンソル積から新しい基底を生成します。
\begin{aligned}
1⊗1&↦1 \\
i⊗1&↦i_1 \\
1⊗i&↦i_2 \\
i⊗i&↦i_1i_2=i_2i_1
\end{aligned}
テンソル積は並び順に区別があるため非可換です。添え字を付けた表記では、添え字で区別されるため可換として扱えるとも言えます。
テンソル積の並び順は決めの問題です。ここでは行列の係数を右に書くと決めています。順番を入れ替えても生成される代数は同型です。
行列との対応を見ると、テンソル積の間で実数の因子を交換できることが分かります。
i⊗3i
↦\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}3i
=\begin{pmatrix}0&-3\\3&0\end{pmatrix}i
↦3i⊗i
※ 虚数を係数に分離して行列の成分を実数にしてテンソル積を構成しているため、$i$ を行列の中に入れるとテンソル積が崩れます。
この場合の $3$ がどちらに属しているかは問題とならないため、基底 $i⊗i$ に対する係数だと解釈するのが無難です。このように係数は基底とは分離して考えられるため、代数の構成では基底のテンソル積に注目します。
実数を通すことを明記した $⊗ _ ℝ$ という表記も使われます。今回の記事で使用するテンソル積はすべて $⊗_ℝ$ のため、添え字の $ℝ$ は省略します。
※ 制限付きで因子の移動ができるのは、順序対(直積)とは異なる点です。
テンソル積の考え方が分かりやすいように片方を係数として扱いましたが、行列と行列のテンソル積を考えることも可能です。
具体的な計算方法は以下の通りです。この演算をクロネッカー積と呼びます。左の行列の成分に、右の行列を係数として掛けるようなイメージです。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
⊗\begin{pmatrix}e&f\\g&h\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}
a\begin{pmatrix}e&f\\g&h\end{pmatrix} &
b\begin{pmatrix}e&f\\g&h\end{pmatrix} \\
c\begin{pmatrix}e&f\\g&h\end{pmatrix} &
d\begin{pmatrix}e&f\\g&h\end{pmatrix}
\end{pmatrix} \\
&=\begin{pmatrix}
ae&af&be&bf \\
ag&ah&bg&bh \\
ce&cf&de&df \\
cg&ch&dg&dh
\end{pmatrix}
\end{aligned}
双複素数の実行列表現がクロネッカー積により構成できることを確認します。
\begin{aligned}
&(a_1+b_1i)⊗1+(a_2+b_2i)⊗i \\
↦&\begin{pmatrix}a_1&-b_1\\b_1&a_1\end{pmatrix}
⊗\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}a_2&-b_2\\b_2&a_2\end{pmatrix}
⊗\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} \\
=&\begin{pmatrix}
a_1\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix} &
-b_1\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix} \\
b_1\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix} &
a_1\begin{pmatrix}1&0\\0&1\end{pmatrix}
\end{pmatrix}
+\begin{pmatrix}
a_2\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} &
-b_2\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} \\
b_2\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix} &
a_2\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}
\end{pmatrix} \\
=&\begin{pmatrix}
a_1 & -a_2 & -b_1 & b_2 \\
a_2 & a_1 & -b_2 & -b_1 \\
b_1 & -b_2 & a_1 & -a_2 \\
b_2 & b_1 & a_2 & a_1
\end{pmatrix}
\end{aligned}
これは先ほど行列の中に行列を入れる方法で構成した実行列表現と一致します。
※ クロネッカー積の順番を入れ替えると、生成される行列は変わります。ここでは先ほどと結果が一致するように順番を選んでいます。
同型対応
ここまで見たように、双複素数は $ℂ⊕ℂ$ かつ $ℂ⊗ℂ$ です。同型であることを $≅$ で表記します。
ℂ⊕ℂ≅ℂ⊗ℂ
直和とテンソル積が一致しているように見えるのはたまたまです。両者は区別する必要があります。
一般論として、可換な基底があればテンソル積に分解できる可能性があります。また、構成された代数に 2 乗で $1$ となる元が含まれれば直和分解できます。直和分解した中にまたそのような元が含まれれば、直和分解を進めることができます。
双複素数では虚数単位が 2 つでした。同じ要領で任意個の虚数単位を持つ代数系が作れます。これをセグレの多重複素数と呼びます。
例として 3 つの虚数単位を持つ三重複素数 $ℂ _ 3=ℂ⊗ℂ⊗ℂ$ を示します。$i _ 1,i _ 2,i _ 3$ は可換です。
\begin{aligned}
&\{(a_1+a_2i_1)+(a_3+a_4i_1)i_2\}+\{(a_5+a_6i_1)+(a_7+a_8i_1)i_2\}i_3 \\
↦&\{(a_1+a_2i)⊗1+(a_3+a_4i)⊗i\}⊗1+\{(a_5+a_6i)⊗1+(a_7+a_8i)⊗i\}⊗i
\end{aligned}
8×8 の実行列で表現できます。煩雑になるため具体形は省略します。
セグレの多重複素数は双複素数の延長線上で扱えるため、特に新しい概念は必要としません。
複素数では $i ^ 2=-1$ のように 2 乗で $-1$ になります。これを任意の冪乗で $-1$ になるように拡張したのがフルーリーの多重複素数です。
$\mathcal{M}ℂ _ n$ は $e ^ n =-1$ を満たす $1,e,e ^ 2,\cdots,e ^ {n-1}$ を基底としたフルーリーの多重複素数の 1 つを表します。
※ ネイピア数の $e$ とは無関係です。
$e ^ {2n}=1$ より、複素数の範囲内で $2n$ での 1 の冪根として解が存在します。しかし分解型複素数が $j ^ 2=1$ で定義されながら実数解 $±1$ とは別物で実数ではないと定義されるように、フルーリーの多重複素数も 1 の冪根とは別物で複素数ではないと定義されます。
※ 例えば $\mathcal{M}ℂ _ 4$ において、$e ^ 2$ は虚数単位 $i$ と同一視できます。$i$ は $\sqrt{-1}$ で定義されますが、$e$ は $\sqrt{i}$ に対応する複素数ではない数だと解釈できます。
歴史的には可除代数($0$ でない零因子を持たない代数)としての三元数の探索の過程で四元数が発見されました。フロベニウスの定理により可除代数としての三元数は存在しないことが証明されています。しかし可除性を除外した三元数の探索の結果、$\mathcal{M}ℂ _ 3$ と同型の代数が何度か再発見されているそうです。
行列表現
分解型複素数のときと同じように、そんな数を定義して良いのかと感じるかもしれません。そこで行列による表現を示します。
構成を簡単にするため、まず $e ^ n=1$ という変種を考えます。$e$ は $n$ 乗で単位行列になる行列で表現されます。シフト行列と呼ばれる行列が対応します。
{\begin{pmatrix}0&1&0&\cdots &0\\0&0&1&\cdots &0\\0&0&\cdots &1&0\\\cdots &\cdots &\cdots &\cdots &\cdots \\1&0&0&\cdots &0\end{pmatrix}}
$e ^ n=1$ の $n$ に応じて、行列のサイズは $n×n$ となります。$n=2$ は分解型複素数の虚数単位 $j$ の表現行列と一致します。
j↦\begin{pmatrix}0&1\\1&0\end{pmatrix}
シフトは「ずらす」というニュアンスです。行列に作用させてみれば、ずらすという感じが分かると思います。作用する様子を $n=3$ を例に示します。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}a&b&c\\d&e&f\\g&h&i\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}d&e&f\\g&h&i\\a&b&c\end{pmatrix} \\
\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}d&e&f\\g&h&i\\a&b&c\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}g&h&i\\a&b&c\\d&e&f\end{pmatrix} \\
\begin{pmatrix}0&1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}g&h&i\\a&b&c\\d&e&f\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}a&b&c\\d&e&f\\g&h&i\end{pmatrix}
\end{aligned}
$e ^ n=-1$ の場合、1 行目の符号を反転させます。
{\begin{pmatrix}0&-1&0&\cdots &0\\0&0&1&\cdots &0\\0&0&\cdots &1&0\\\cdots &\cdots &\cdots &\cdots &\cdots \\1&0&0&\cdots &0\end{pmatrix}}
$n=2$ は複素数の虚数単位 $i$ の表現行列と一致します。
i↦\begin{pmatrix}0&-1\\1&0\end{pmatrix}
作用する様子を $n=3$ を例に示します。
\begin{alignedat}{2}
&\begin{pmatrix}0&-1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}a&b&c\\d&e&f\\g&h&i\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}-d&-e&-f\\g&h&i\\a&b&c\end{pmatrix} \\
&\begin{pmatrix}0&-1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}-d&-e&-f\\g&h&i\\a&b&c\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}-g&-h&-i\\a&b&c\\-d&-e&-f\end{pmatrix} \\
&\begin{pmatrix}0&-1&0\\0&0&1\\1&0&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}-g&-h&-i\\a&b&c\\-d&-e&-f\end{pmatrix}&
&=\begin{pmatrix}-a&-b&-c\\-d&-e&-f\\-g&-h&-i\end{pmatrix}
\end{alignedat}
ずらしながら符号を変えて、一周した時に全体の符号が反転します。
同型対応
セグレの多重複素数は虚数単位を増やすものでした。フルーリーの多重複素数はアプローチが異なりますが、結果的に虚数単位が増えるため、フルーリーの多重複素数はセグレの多重複素数を含みます。
$\mathcal{M}ℂ _ 4$ を例にします。基底 $1,e ^ 2$ は複素数 $1,i$ と同型です。それ以外の基底 $e,e ^ 3$ の和を 2 乗してみます。
(e+e^3)^2=e^2-2-e^2=-2
結果が $-1$ になるよう調整します。
\left(\frac{e+e^3}{\sqrt2}\right)^2=-1
※ 2 乗により虚部が消えるような元が見付かれば、虚数単位にできるという例です。冪等元を見付けるのと似た手法です。
これは $(e+e ^ 3)/\sqrt2$ がもう 1 つの虚数単位となることを意味します。次のように基底を対応させれば、$\mathcal{M}ℂ _ 4$ は双複素数と同型となります。
\begin{aligned}
1&↦1 \\
i_1&↦e^2 \\
i_2&↦\frac{e+e^3}{\sqrt2}
\end{aligned}
一般的に $\mathcal{M}ℂ _ {2 ^ n}≅ℂ _ n$ の同型対応が成り立ちます。異なるアプローチから本質的に同じ代数が生成されるのは興味深いです。
直和分解
双複素数では $(i _ 1i _ 2) ^ 2 = 1$ より $i _ 1i _ 2$ を分解型複素数の基底と同一視できます。同型対応により $\mathcal{M}ℂ _ 4$ でも同様です。
(i_1i_2)^2
↦\left\{\frac{e^2(e+e^3)}{\sqrt2}\right\}^2
=\frac{(e^3-e)^2}2=1
分解型複素数の基底が存在することで直和分解できます。
同時対角化
$1$ の表現行列は単位行列です。$\mathcal{M}ℂ _ 4$ における $e,e ^ 2, e ^ 3$ の表現行列を示します。
\begin{aligned}
e&↦\begin{pmatrix}0&-1&0&0\\0&0&1&0\\0&0&0&1\\1&0&0&0\end{pmatrix} \\
e^2&↦\begin{pmatrix}0&0&-1&0\\0&0&0&1\\1&0&0&0\\0&-1&0&0\end{pmatrix} \\
e^3&↦\begin{pmatrix}0&0&0&-1\\1&0&0&0\\0&-1&0&0\\0&0&-1&0\end{pmatrix}
\end{aligned}
$\mathcal{M}ℂ _ 4$ から作った $i _ 1,i _ 2$ に対応する表現行列と、複素数のネスト(またはクロネッカー積)で作った双複素数 $ℂ _ 2$ の表現行列を比較します。
\begin{alignedat}{4}
\mathcal{M}ℂ_4: e^2
↦&\begin{pmatrix}0&0&-1&0\\0&0&0&1\\1&0&0&0\\0&-1&0&0\end{pmatrix},&
\quad\frac{e+e^3}{\sqrt2}
↦&\frac1{\sqrt2}&
&\begin{pmatrix}0&-1&0&-1\\1&0&1&0\\0&-1&0&1\\1&0&-1&0\end{pmatrix} \\
ℂ_2: i_1
↦&\begin{pmatrix}0&0&-1&0\\0&0&0&-1\\1&0&0&0\\0&1&0&0\end{pmatrix},&
i_2↦&&
&\begin{pmatrix}0&-1&0&0\\1&0&0&0\\0&0&0&-1\\0&0&1&0\end{pmatrix}
\end{alignedat}
これらはすべて同じ対角行列に対角化可能です。このことは、本質的に同じ対象(虚数単位)を表現していることを意味します。
\begin{pmatrix}-i&0&0&0\\0&-i&0&0\\0&0&i&0\\0&0&0&i\end{pmatrix}
対角化可能で可換な行列は同時対角化が可能です。それぞれの変換行列を示します。
\begin{aligned}
\mathcal{M}ℂ_4&:&P&=
\begin{pmatrix}
\frac{1-i}{\sqrt2} & -\frac{1-i}{\sqrt2} & -\frac{1+i}{\sqrt2} & \frac{1+i}{\sqrt2} \\
i & i & -i & -i \\
\frac{1+i}{\sqrt2} & -\frac{1+i}{\sqrt2} & -\frac{1-i}{\sqrt2} & \frac{1-i}{\sqrt2} \\
1 & 1 & 1 & 1
\end{pmatrix} \\
ℂ_2&:&P'&=
\begin{pmatrix}
-1&1&1&-1\\-i&-i&i&i\\-i&i&-i&i\\1&1&1&1
\end{pmatrix}
\end{aligned}
変換行列を利用すれば、表現行列を $\mathcal{M}ℂ _ 4$ から $ℂ _ 2$ へ相似変換できます。
\begin{alignedat}{2}
\begin{pmatrix}0&0&-1&0\\0&0&0&1\\1&0&0&0\\0&-1&0&0\end{pmatrix}
&\xrightarrow{P}&
\begin{pmatrix}-i&0&0&0\\0&-i&0&0\\0&0&i&0\\0&0&0&i\end{pmatrix}
&\xrightarrow{{P'}^{-1}}
\begin{pmatrix}0&0&-1&0\\0&0&0&-1\\1&0&0&0\\0&1&0&0\end{pmatrix} \\
\frac1{\sqrt2}
\begin{pmatrix}0&-1&0&-1\\1&0&1&0\\0&-1&0&1\\1&0&-1&0\end{pmatrix}
&\xrightarrow{P}&
\begin{pmatrix}-i&0&0&0\\0&i&0&0\\0&0&-i&0\\0&0&0&i\end{pmatrix}
&\xrightarrow{{P'}^{-1}}
\begin{pmatrix}0&-1&0&0\\1&0&0&0\\0&0&0&-1\\0&0&1&0\end{pmatrix}
\end{alignedat}
ペアが相似変換で移り合うことは、ペアが本質的に同じ関係(可換な虚数単位)であることを意味します。