複素解析では正則関数が重視されます。正則関数と反正則関数を対にして微分を考えます。
シリーズの記事です。
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全微分の知識を前提としています。
目次
概要
複素関数の微分では極限が方向に依存しないことから正則関数が導入されます。しかし複素関数をプロットしようとすると4次元になってしまうため、図形的な理解は困難です。
今回は敢えて方向非依存ということは強調せずに、基底の変換という観点から反正則関数と対にして説明します。
正則関数
複素関数で重要な正則関数について、ざっくりと直観的に説明します。
簡単な関数を考えます。$x$ は実数です。
f(x)=x^2
$x$ として複素数を受け付けるようにしたものが複素関数です。習慣として $x$ を $z$ に書き換えることで複素数であることを示します。
f(z)=z^2
正則関数は $f(z)$ のように1つの複素数を取り、定義式(右辺)が $z$ で表された式である必要があります。
2変数関数
実部と虚部に分けて示すため $z=x+iy$ を代入します。
f(x+iy)=(x+iy)^2=\underbrace{x^2-y^2}_{\text{実部}}+\underbrace{2ixy}_{\text{虚部}}
これを $x$ と $y$ という2つの実数から複素数への関数だと見ることができます。
f(x,y)=x^2-y^2+2ixy
これを $z$ の表示に戻すには因数分解する必要があります。
f(x,y)=x^2-y^2+2ixy=(x+iy)^2
f(z)=z^2
因数分解で $x+iy$ の形に持って行けなければ $z$ の形にはできません。
反正則関数
2変数関数は必ずしも正則関数になるとは限りません。
例えば次の関数は $x+iy$ の形に因数分解できません。
f(x,y)=x^2-y^2-2ixy=(x-iy)^2
$x-iy$ を複素共役 $\bar z$ で書くことはできます。
f(z)=\bar z^2
このように複素共役 $\bar z$ で表された関数を反正則関数と呼んで、正則関数とは区別します。反正則関数であることを示すため、引数にも複素共役を示します。
f(\bar z)=\bar z^2
書き換え
$z$ のみで表されるのが正則関数、$\bar z$ のみで表されるのが反正則関数です。
それ以外の $x,y$ の2変数関数は $z,\bar z$ の2変数関数に書き換えられます。
簡単な例を挙げます。
f(x,y)=x^2-y^2=\frac{(x+iy)^2+(x-iy)^2}2
これを $z,\bar z$ に書き換えます。
f(z,\bar z)=\frac{z^2+\bar z^2}2
$x,y$ と $z,\bar z$ は2次元ベクトル空間を張る基底だと解釈できます。
x↦\binom x0,\ iy↦\binom 0y
z=x+iy↦\binom xy,\ \bar z=x-iy↦\binom x{-y}
$x,y$ を $z,\bar z$ に書き換えることは、基底の変換に見立てられます。
具体例で複素関数の微分の雰囲気を見ておきます。
全微分してから $x,y$ に展開します。
\begin{aligned}
f(z,\bar z)&=\frac{z^2+\bar z^2}2 \\
df(z,\bar z)
&=z\,dz+\bar z\,d\bar z \\
&=(x+iy)(dx+i\,dy)+(x-iy)(dx-i\,dy) \\
&=x\,dx+ix\,dy+iy\,dx-y\,dy+x\,dx-ix\,dy-iy\,dx-y\,dy \\
&=2x\,dx-2y\,dy
\end{aligned}
$x,y$ に展開してから全微分します。
\begin{aligned}
f(x,y)
&=\frac{(x+iy)^2+(x-iy)^2}2 \\
&=\frac{x^2-y^2+2ixy+x^2-y^2-2ixy}2 \\
&=x^2-y^2 \\
df(x,y)
&=2x\,dx-2y\,dy
\end{aligned}
どちらの方法でも結果は一致します。
一般化して $z,\bar z$ による全微分と $x,y$ による全微分の関係式を求めます。
$z,\bar z$ を全微分します。
\begin{aligned}
dz&=d(x+iy)=dx+i\,dy \\
d\bar z&=d(x-iy)=dx-i\,dy
\end{aligned}
$dz,d\bar z$ の和と差を計算します。
\begin{aligned}
dz+d\bar z&=2dx \\
dz-d\bar z&=2i\,dy
\end{aligned}
$dx,dy$ について整理します。
\begin{aligned}
dx&=\frac 12(dz+d\bar z) \\
dy&=\frac i2(d\bar z-dz)
\end{aligned}
$f(x,y),\ f(z,\bar z)$ を全微分します。
\begin{aligned}
df(x,y)
&=\frac{∂f}{∂x}dx+\frac{∂f}{∂y}dy \\
&=\frac12\left\{\frac{∂f}{∂x}(dz+d\bar z)+i\frac{∂f}{∂y}(d\bar z-dz)\right\} \\
&=\frac12\left\{\left(\frac{∂f}{∂x}-i\frac{∂f}{∂y}\right)dz+\left(\frac{∂f}{∂x}+i\frac{∂f}{∂y}\right)d\bar z\right\} \\
df(z,\bar z)
&=\frac{∂f}{∂z}dz+\frac{∂f}{∂\bar z}d\bar z \\
\end{aligned}
ウィルティンガーの微分
$df(x,y),\ df(z,\bar z)$ の係数を比較します。
\begin{aligned}
\frac{∂f}{∂z}&=\frac12\left(\frac{∂f}{∂x}-i\frac{∂f}{∂y}\right) \\
\frac{∂f}{∂\bar z}&=\frac12\left(\frac{∂f}{∂x}+i\frac{∂f}{∂y}\right)
\end{aligned}
これらはウィルティンガーの微分と呼ばれる、ある種の方向微分です。
虚数を $iy$ の形にまとめると、符号の現れ方が分かりやすくなります。👉詳細
\begin{aligned}
\frac{∂f}{∂z}&=\frac12\underbrace{\left(\frac{∂f}{∂x}+\frac{∂f}{∂iy}\right)}_{\text{cf. }z=x+iy} \\
\frac{∂f}{∂\bar z}&=\frac12\underbrace{\left(\frac{∂f}{∂x}-\frac{∂f}{∂iy}\right)}_{\text{cf. }\bar z=x-iy}
\end{aligned}
※ 式の形として $(A+B)/2$ は中心、$(A-B)/2$ は半径だと解釈できます。
正則関数では以下の関係が成り立ち、導関数を表します。👉詳細
\frac{∂f}{∂z}=\frac{∂f}{∂x}=\frac{∂f}{∂iy}
コーシー・リーマン作用素
ウィルティンガーの微分から作用素を抽出します。
\begin{aligned}
\frac∂{∂z}&=\frac12\left(\frac∂{∂x}-i\frac∂{∂y}\right) \\
\frac∂{∂\bar z}&=\frac12\left(\frac∂{∂x}+i\frac∂{∂y}\right)
\end{aligned}
$\frac∂{∂\bar z}$ をコーシー・リーマン作用素と呼びます。$\frac∂{∂z}$ と $\frac∂{∂\bar z}$ は符号が1箇所異なりますが、複素共役の関係になっています。
※ $∂,\bar ∂$ という略記法もありますが、複素微分形式で使用されるドルボー作用素との混乱を招くため、この記事では使用しません。
和と差を確認します。
\begin{aligned}
\frac∂{∂z}+\frac∂{∂\bar z}&=\frac∂{∂x} \\
\frac∂{∂z}-\frac∂{∂\bar z}&=-i\frac∂{∂y}
\end{aligned}
具体例
ウィルティンガーの微分を使えば $x,y$ の表式から直接 $dz,d\bar z$ の微分係数が求められます。
f(x,y)=x^2-y^2
\begin{aligned}
\frac{∂f}{∂z}&=\frac12(2x+2iy)=x+iy=z \\
\frac{∂f}{∂\bar z}&=\frac12(2x-2iy)=x-iy=\bar z
\end{aligned}
あらかじめ計算した全微分 $df(z,\bar z)=z\,dz+\bar z\,d\bar z$ の微分係数と一致しました。
正則関数と反正則関数の和で表される $f(z,\bar z)$ は2変数関数のため全微分の形で扱って来ました。
正則関数 $f(z)$ や反正則関数は $f(\bar z)$ は1変数関数として微分できます。
一般的には正則関数を微分の対象とします。
$z$ に関する多項式は実関数と同様に微分できます。
\begin{aligned}
f(z)&=z^2 \\
f'(z)&=2z
\end{aligned}
コーシー・リーマンの方程式
正則関数 $f(z)$ には $\bar z$ 成分は含まれないため $\frac{∂f}{∂\bar z}=0$ となります。これを使って、ある複素関数が正則関数かどうかを判定できます。
関数形を一般化して実部と虚部を2つの実関数 $u,v$ で表します。
f(x,y)=u(x,y)+iv(x,y)
正則となる条件をコーシー・リーマン作用素で調べます。$0$ かどうかの判定に $1/2$ は関係ないため $2$ 倍します。
\begin{aligned}
2\frac{∂f}{∂\bar z}
&=\frac{∂f}{∂x}+i\frac{∂f}{∂y} \\
&=\left(\frac{∂u}{∂x}+i\frac{∂v}{∂x}\right)+i\left(\frac{∂u}{∂y}+i\frac{∂v}{∂y}\right) \\
&=\left(\frac{∂u}{∂x}-\frac{∂v}{∂y}\right)+i\left(\frac{∂v}{∂x}+\frac{∂u}{∂y}\right) \\
&=0
\end{aligned}
∴\ \frac{∂u}{∂x}=\frac{∂v}{∂y}\ ,\quad\frac{∂v}{∂x}=-\frac{∂u}{∂y}
この関係式をコーシー・リーマンの方程式と呼びます。
※ 今回はコーシー・リーマン作用素からコーシー・リーマンの方程式を求めましたが、歴史的な経緯は逆です。
複素形式
コーシー・リーマンの方程式は $u,v$ の関係式ですが、計算過程から $f$ の関係式も抽出できます。
\frac{∂f}{∂x}+i\frac{∂f}{∂y}=0
\frac{∂f}{∂x}=-i\frac{∂f}{∂y}
これは複素形式のコーシー・リーマンの方程式と言えます。
方向非依存
右辺の $-i$ の意味が分かりにくいため式変形します。
-i\frac{∂f}{∂y}=\frac 1i\frac{∂f}{∂y}=\frac{∂f}{∂iy}
これは正則関数では $x$ と $iy$ の偏微分が一致することを意味します。
\frac{∂f}{∂x}=\frac{∂f}{∂iy}
例えば恒等関数 $f(x,y)=x+iy$ では、$x$ が $1$ 増えると関数値は $1$ 増えますが、$y$ が $1$ 増えると関数値は $i$ 増えます。これを $iy$ が $i$ 増えると関数値が $i$ 増えると解釈すれば、$x$ と $iy$ の増分の比が等しくなります。
これが良く言われる方向非依存(どの方向から極限を求めても一致する)です。
正則関数の導関数は $\frac{∂f}{∂z}$ で計算します。途中で関係式 $\frac{∂f}{∂x}=-i\frac{∂f}{∂y}$ を使います。
\begin{aligned}
\frac{∂f}{∂z}
&=\frac12\left(\frac{∂f}{∂x}-i\frac{∂f}{∂y}\right) \\
&=\frac12\left(\frac{∂f}{∂x}+\frac{∂f}{∂x}\right) \\
&=\frac{∂f}{∂x} \\
\end{aligned}
まとめると導関数は以下のどれで求めても良いことが分かります。
\frac{∂f}{∂z}=\frac{∂f}{∂x}=-i\frac{∂f}{∂y}
大抵は $\frac{∂f}{∂x}$ が一番簡単です。
具体例
場合にもよりますが、実際の計算ではコーシー・リーマンの方程式に代入するよりも、コーシー・リーマン作用素で計算した方が簡単です。
- $\frac{∂f}{∂\bar z}=0$ により正則関数かどうかを確認します。
- 正則関数であれば導関数は $\frac{∂f}{∂x}$ です。
例1
f(x,y)=x^2-y^2
$\frac{∂f}{∂\bar z}=0$ により正則関数かどうかを確認します。
2\frac{∂f}{∂\bar z}=\frac{∂f}{∂x}+i\frac{∂f}{∂y}=2x-2iy≠0
正則関数ではありません。
例2
f(x,y)=x^2-y^2+2ixy
$\frac{∂f}{∂\bar z}=0$ により正則関数かどうかを確認します。
2\frac{∂f}{∂\bar z}=\frac{∂f}{∂x}+i\frac{∂f}{∂y}=(2x+2iy)+i(-2y+2ix)=0
正則関数なので導関数を求めます。$\frac{∂f}{∂x}$ は既に先ほどの計算で求めています。
\frac{∂f}{∂x}=2x+2iy
この $f(x,y)$ は $f(z)=z ^ 2$ ですが、その導関数と一致します。
f'(z)=2z=2x+2iy
正則関数の導関数は以下の関係があります。
f'(z)=\frac{∂f(x,y)}{∂z}
コーシー・リーマン作用素とその共役を連続して適用するとラプラシアンの $1/4$ になります。
\begin{aligned}
\frac∂{∂z}\frac∂{∂\bar z}
&=\frac14\left(\frac∂{∂x}-i\frac∂{∂y}\right)\left(\frac∂{∂x}+i\frac∂{∂y}\right)
=\frac14\left(\frac{∂^2}{∂x^2}+\frac{∂^2}{∂y^2}\right) \\
\frac∂{∂\bar z}\frac∂{∂z}
&=\frac14\left(\frac∂{∂x}+i\frac∂{∂y}\right)\left(\frac∂{∂x}-i\frac∂{∂y}\right)
=\frac14\left(\frac{∂^2}{∂x^2}+\frac{∂^2}{∂y^2}\right)
\end{aligned}
∴\ ∆=4\frac{∂^2}{∂z∂\bar z}=4\frac{∂^2}{∂\bar z∂z}
調和関数
ラプラシアンで $0$ になる関数を調和関数と呼びます。
正則関数 $f$ は調和関数です。
∆f=4\frac∂{∂z}\underbrace{\frac{∂f}{∂\bar z}}_0=0
$\frac∂{∂z}$ が蛇足に見えますが、順番を逆にしても結果が変わらないことから、正則関数の導関数も正則関数となることが分かります。
∆f=4\frac∂{∂\bar z}\frac{∂f}{∂z}=0
∴\ \frac{∂f'}{∂\bar z}=0
ラプラシアンは実部 $u$ と虚部 $iv$ に個別に作用することから、$u$ と $v$ が調和関数であることも分かります。
∆f=∆(u+iv)=∆u+i∆v=0
∴\ ∆u=∆v=0