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タゴール『ボウ・タクラニル・ハート』第1章

タゴールによる最初の小説『ボウ・タクラニル・ハート』の第 1 章を読み上げます。

A scene from 16th century India in the kingdom of Yashohar, where Prince Udayaditya is in a moment of deep reflection, confiding in his wife Surma about his struggles and fears. His sister Vibha is seen in the background, anxiously waiting to deliver some urgent news.
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シリーズの記事です。

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  2. AI で『ボウ・タクラニル・ハート』の要約・画像生成

目次

はじめに

ベンガル語母語話者 2 億人以上の大言語です。

日本ではベンガル語に触れる機会はほとんどありませんが、オンライン資料・機械翻訳音声合成 (TTS) が整備された現在では、少し手を伸ばせば届くようになっています。

今回はベンガル語ヒンディー語を並べて、違いを味わってみました。両者の違いは以下の記事で簡潔にまとめられています。

ベンガル語ヒンディー語に対するサンスクリットは、ロマンス語に対するラテン語と同じような位置付けです。

www.huffingtonpost.jp

作品概要

タゴールは日本で最も有名なベンガル語の作家です。詳細は Wikipedia を参照してください。

ヒンディー語Wikipedia から『ボウ・タクラニル・ハート』の概要を翻訳して引用します。

小説 執筆時期 その他の事実 ヒンディー語
ボウ・タクラニル・ハート 1882 ラビンドラナート・タゴールの最初の小説として有名。ヤショハル(訳注:現ジョソール)のプラタパディティヤ王チャンドラッドウィップ(訳注:現バリサル)のラーマチャンドラ・ライ王(ザミーンダール)との争いを題材に書かれた歴史小説(短編)。ベンガル暦 1316 年(西暦 1909年)に発表された彼の懺悔劇(訳注:『プラヨシュチット』)は『ボウ・タクラニル・ハート』を題材にしている。『プラヨシュチット』ベンガル暦 1336 年(西暦 1929 年)に書き直され、『パリトラン』という名前で出版された。 『タクラーニー・バフー・カー・バーザール』という名前で『ラビンドラナート・タゴール全集』(ニューデリーのサスター・サーヒティヤ・マンダルから出版)の第 26 巻に収録。

※ 執筆時期は資料によっては 1883 年となっています。

歴史を題材としており登場人物の邸宅は現存しますが、廃墟となっており保全活動が期待されているようです。記事の冒頭を翻訳して引用します。

ラビンドラナートが小説『Bou Thakuranir Haat』の登場人物スルマを創作したとき、彼は彼女の思い出を守るためのザミーンダールの家を思い描いた。今日、スリープルのザミーンダールの家はとうの昔に忘れ去られている。しかし、政府の取り組みによって観光の中心地になりうると信じている地元の人々の間には、希望の光がまだ灯っている。地元の教育者や歴史研究者によると、サラダ・ランジャン・パルは 15 世紀にナワブ・アリヴァルディ・カーンからこの地域の土地を買ったという。ジョソールの有力者プラタパディティヤ王は、息子のウダヤディティヤをスリープルのザミーンダールであるサラダ・ランジャン・パルの娘ビバ・ラニ・パル(訳注:スルマのモデル)と結婚させた。サラダ・ランジャンはプラタパディティヤのためにザミーンダールの家を建てた。

1953 年に映画化されています。

www.youtube.com

タイトル

ベンガル語の原題は বৌ-ঠাকুরাণীর হাট (bōu-ṭhakuraṇīr haṭ) で、日本語に翻訳すれば「王妃の市場」です。

বৌ (bōu) は「妻」です(転写では ō としていますが、発音に長短の区別はありません)。現在では বউ (bou) と綴られるのが一般的で、映画では後者が使われています。

ঠাকুরাণীর (ṭhakuraṇīr) は ঠাকুরাণী (ṭhakuraṇī)「母、女神、女王(王妃)」と -র (-r)「の」に分けられます。বৌ (bōu) と併せることで「王妃」の意味を明確化しているようです。

※ ঠাকুরাণী (ṭhakuraṇī) は ঠাকুর (ṭhakur)「神、領主、王」の派生語です。タゴールベンガル語表記も同じ ঠাকুর (ṭhakur) で、Tagore は英語化された表記です。タイトルに自分の名前を意識していたのかは不明です。

হাট (haṭ) は「市場」です。カナ書きすると「ハット」よりも「ハート」に近いようです。

単音節の場合、母音は長音化する傾向にあるが、音韻的な違いはなく母音の長短は意味を弁別しない。

日本語

日本語ではタイトルの定訳がないようです。候補としては以下の 3 種類が考えられます。

  1. 王妃の市場
  2. ボウ・タクラニの市場
  3. ボウ・タクラニル・ハート

定訳がない場合、まずカナ書きで検索されるのではないかと考え、今回は翻訳せずに 3 を採用しました。

英語

英語にもやはり定訳はないようで、何種類か見掛けました。

ヒンディー語

ベンガル文字からデーヴァナーガリー文字に転写すると बउ-ठाकुराणीर हाट (bau-ṭhākurāṇīr hāṭ) です。

ヒンディー語Wikipedia の記事では बउ-ठाकुरानीर हाट (bau-ṭhākurār hāṭ) となっていますが、ヒンディー語に合わせた(引きずられた?)のかもしれません。

ヒンディー語の翻訳版では ठकुरानी बहू का बाज़ार (ṭhakurānī bahū kā bāzār)「タクラーニー・バフーのバザール」となっています。最初の 2 語 ठकुरानी बहू (ṭhakurānī bahū) はベンガル語 বৌ-ঠাকুরাণী (bōu-ṭhakuraṇī) と同語源ですが、順番が逆です。

出典

ベンガル語(原文)

ヒンディー語(翻訳)

※ タイトルのローマ字転写がやや変則的なため、探すのに少し手間取りました。(参考

ベンガル語の原文は以下のサイトにも掲載されています。綴りが現代的に手直しされているようです。

今回は当時の出版物に忠実な Wikisource をベースとして、誤植が疑われる際は Tagoreweb を参照しました。

OCR

ヒンディー語版には OCR を施した PDF が用意されていますが、上下の付加記号類の脱落が見受けられます。

比較のため、PDF から対象となるページを画像化して、Google ドキュメントOCR を行いました。

wk-partners.co.jp

Google ドキュメントの方が精度は高かったのでベースに作業しましたが、たまに行頭が抜け落ちるなどの問題があったため修正が必要でした。2 つの OCR 結果は相補的な傾向があったため、両者を見比べながら修正を行いました。両者ともにうまく読み取れない箇所は、対象となる単語を拡大して再認識を試みました。

OCR は結合文字や異字体もかなりの精度で読み取れるため、答え合わせに使えば文字の学習にも効果的だと感じました。今回のヒンディー語版では以下の資料の Form 2 や 3 の字体が現れます。

www.typotheque.com

綴りに確証が持てない場合、まず Google 翻訳に入れて認識するかを試してから、辞書などで確認しました。(後述)

こうしてテキスト化したヒンディー語版の第 1 章です。

機械翻訳

Google 翻訳によってベンガル語ヒンディー語からそれぞれ英語に翻訳して、不明点は Bing 翻訳を参考に修正しました。

Google 翻訳ではベンガル語ヒンディー語から日本語への翻訳は内部的に英語を経由しているようで、一度英語に翻訳してから日本語に重訳しても結果は同じでした。

そのため重訳を回避することはせず、英訳を確定してから Google 翻訳と DeepL で日本語に重訳して、手動ですり合わせました。

辞書

テキスト化や翻訳で不明な単語は、まず Wiktionary で確認して、収録されていなければ他の辞書で確認しました。

これらに収録されていなければ、単語を Google 検索して他の辞書や用例などを確認しました。

原文には古い単語が含まれます。ベンガル語とアッサム語は近い関係にあり、19 世紀末に編纂されたアッサム語の語源辞典を一部参考にしました。

読み上げ

音声の再生は環境に依存します。Edge(推奨)と Chrome はデフォルトでオンラインのエンジンが利用できます。その他の環境では以下を参照してください。

以下の言語名をクリックして再生されることを確認してください。選択肢が出ない言語は再生できません

音声合成の利用方法など技術面に関しては、以下の記事を参照してください。

対訳

ベンガル語ヒンディー語の対応個所を紐付けました。ヒンディー語は説明的に翻訳されているため、対応関係がやや冗長な個所もあります。

ベンガル語(bn)とヒンディー語(hi)から個別に英語と日本語に翻訳したため、翻訳が 2 種類あります。

※ 翻訳の正確さは保証できません。あくまでも参考目的です。

以下のデータを読み込んで使用しています。

要約

Anthropic Claude(👉参考)で英訳を要約して、DeepL で日本語訳しました。

  • 物語の舞台はヤショハル王国で、王子ウダヤディティヤは将来の王として父の期待に応えられない自分に落ち込んでいた。

  • ウダヤディティヤは妻のスルマに、自分がある地方を統治することになったが失敗し、彼の能力に対する皆の疑念を裏付けてしまったことを打ち明ける。彼はまた、ルクミニーという女性に夢中になり道を踏み外した過去のことも話す。

  • スルマはウダヤディティヤを慰め、自信を与えるが、彼は彼女が家族から侮辱され、無視されることを心配する。

  • ある夜遅く、ウダヤディティヤの妹ヴィバが緊急にトラブルを知らせに来るが、何が起こったのか説明しようとしない。ウダヤディティヤは、ヴィバが止めたにもかかわらず、急いで対処に向かう。

  • スルマは心配するヴィバを安心させ、ウダヤディティヤへの愛は父王のどんな結果よりも大切だと言う。この章は、不確実性に直面したときの信念と決意で幕を閉じる。

感想

王子の苦悩から始まって内容に引き込まれます。これを 22 歳で書き上げたタゴールの凄みを感じます。

ベンガル文字はデーヴァナーガリー文字に似ています。対応関係を類推しながら、音読と同期して示される読み上げ個所を何度も眺めることで、少しずつ読めるようになって来ました。これはある程度の長さの文章を音読させようとした目的の一つです。ベンガル語ヒンディー語では音の響きが異なりますが、その違いが文字としての見た目にも表れているような気がしました。言語ごとに文字が異なるのは大変だと思っていたのですが、少し見方が変わりました。

インドの言語の中でもメジャーなヒンディー語ですらなかなか遠い存在のように感じていたものですが、こうしてベンガル語にまで手を伸ばしてみると、相対的にヒンディー語への心理的な距離が縮まったような錯覚を覚えます。

フランス語をかじってからイタリア語やスペイン語など他のロマンス語に手を伸ばしたときの感覚に似ています。もちろん同じ系統の言語に触れるという意味では同じことではありますが、従来は資料などの差からヨーロッパの言語ほど気軽にインドの言語には手を出せませんでした。隔世の感があります。

OCR機械翻訳が複数あったことは、比較が出来るため重宝しました。また、ベンガル語だけでは解釈に困る個所があり、ヒンディー語訳は助かりました。

今後、生成 AI を活用して作業の効率化を模索したいです。

語順

機械翻訳の都合でベンガル語ヒンディー語と日本語の間に英語を挟まざるを得ませんでした。

何度か対訳を聞いてみて、ベンガル語ヒンディー語は日本語と語順が似ているので、学習の際には英語を挟まないで直に日本語と対応させた方が良いような気がしました。

そんなことを考えていると、たまたまウルドゥー語話者にとっての日本語の話題を見掛けました。ウルドゥー語アラビア文字で表記されますが、基本的な文法や語彙はヒンディー語と共通です。

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ヒンディー語の読み上げを含みます。