冪乗を求めるために作った行列を、四元の半群として考えてみます。
【注意】この記事は独自の調査に基づいており、一般的な内容ではありません。
シリーズの記事です。
- 行列の分割とケイリー・ハミルトンの定理
- 冪零行列を使って冪乗を求める
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目次
生成
二次の非正則行列 $B$ と冪零行列 $C$ で生成される代数系を考えます。
$B$ の2乗はトレースを掛けることと同じで、$C$ の2乗は $O$ です。
B^2=\operatorname{tr}(B)B,\ C^2=O
冪零行列は非正則です。非正則行列同士の積は非正則となるため $BC$ も $CB$ も非正則です。そのため $BC$ と $CB$ の2乗もそれらのトレースを掛けるのと同じです。
(BC)^2=\operatorname{tr}(BC)BC,
\ (CB)^2=\operatorname{tr}(CB)CB
トレースの性質より $\operatorname{tr}(BC)=\operatorname{tr}(CB)$ です。表記の都合上1文字で置き換えます。
b=\operatorname{tr}(B),
\ c=\operatorname{tr}(BC)=\operatorname{tr}(CB) \\
B^2=bB,\ (BC)^2=
cBC,\ (CB)^2=cCB
$BC$ や $CB$ の2乗の中間に当たる $BCB$ や $C BC$ も他とは区別されます。
そのため $B$ と $C$ で生成される代数系は以下の6つの基底を持ちます。
基底を減らす
$B$ を成分表示します。
B=\begin{pmatrix}b_1&b_2\\b_3&b_4\end{pmatrix}
$B$ は非正則のため次の関係が成り立ちます。
b_1b_4-b_2b_3=0
$C$ を次のように取れば $C BC$ は $C$ の定数倍となります。
\begin{aligned}
C&=\begin{pmatrix}0&0\\c_3&0\end{pmatrix} \\
CB
&=\begin{pmatrix}0&0\\c_3&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}b_1&b_2\\b_3&b_4\end{pmatrix} \\
&=c_3\begin{pmatrix}0&0\\b_1&b_2\end{pmatrix} \\
CBC
&=c_3\begin{pmatrix}0&0\\b_1&b_2\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}0&0\\c_3&0\end{pmatrix} \\
&=c_3\begin{pmatrix}0&0\\b_2c_3&0\end{pmatrix} \\
&=\underbrace{b_2c_3}_{\operatorname{tr}(CB)}C \\
&=cC
\end{aligned}
基底が少ない方が簡単になるため、$C$ はこの形を採用します。
※ $-c$ は $B+C$ の行列式になっています。
\operatorname{det}(B+C)=b_1b_4-b_2(b_3+c_3)=\underbrace{b_1b_4-b_2b_3}_0-b_2c_3=-c
次に $BCB$ を確認します。
\begin{aligned}
BC
&=\begin{pmatrix}b_1&b_2\\b_3&b_4\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}0&0\\c_3&0\end{pmatrix} \\
&=c_3\begin{pmatrix}b_2&0\\b_4&0\end{pmatrix} \\
BCB
&=c_3\begin{pmatrix}b_2&0\\b_4&0\end{pmatrix}
\begin{pmatrix}b_1&b_2\\b_3&b_4\end{pmatrix} \\
&=c_3\begin{pmatrix}b_2b_1&b_2^2\\b_4b_1&b_4b_2\end{pmatrix} \\
&=c_3\begin{pmatrix}b_2b_1&b_2^2\\\underbrace{b_2b_3}_{b_1b_4-b_2b_3=0}&b_4b_2\end{pmatrix} \\
&=\underbrace{b_2c_3}_{\operatorname{tr}(BC)}B \\
&=cB
\end{aligned}
よって、以後は4つの基底で考えます。
B,C,BC,CB
※ $c=1$ のときに擬似逆行列に似た関係になります。
乗積表
係数を別にすれば4つの基底は積で閉じています。
|
$B$ |
$C$ |
$BC$ |
$CB$ |
$B$ |
$b B$ |
$BC$ |
$b BC$ |
$c B$ |
$C$ |
$CB$ |
$O$ |
$c C$ |
$O$ |
$BC$ |
$c B$ |
$O$ |
$c BC$ |
$O$ |
$CB$ |
$b CB$ |
$c C$ |
$bc C$ |
$c CB$ |
16 種類の組み合わせのうち 4 種類が $O$ になります。
単位元はないため、可逆元もありません。結合的であるため半群です。
※ 未確認ですが、半群論を調べると似たようなものが出て来るのかもしれません。
乗積表を逆にして、積として得られる基底が何に由来するかをまとめます。
\begin{aligned}
B&=\frac1b(B)(B)=\frac1c(B)(CB)=\frac1c(BC)(B) \\
C&=\frac1c(C)(BC)=\frac1c(CB)(C)=\frac1c(CB)(BC) \\
BC&=(B)(C)=\frac1b(B)(BC)=\frac1c(BC)(BC) \\
CB&=(C)(B)=\frac1b(CB)(B)=\frac1c(CB)(CB)
\end{aligned}
積
係数を付けて積を計算します。
\begin{aligned}
&(a_1B+a_2C+a_3BC+a_4CB)(a'_1B+a'_2C+a'_3BC+a'_4CB) \\
&=a_1B(a'_1B+a'_2C+a'_3BC+a'_4CB) \\
&\ +a_2C(a'_1B+a'_2C+a'_3BC+a'_4CB) \\
&\ +a_3BC(a'_1B+a'_2C+a'_3BC+a'_4CB) \\
&\ +a_4CB(a'_1B+a'_2C+a'_3BC+a'_4CB) \\
&=a_1a'_1bB+a_1a'_2BC+a_1a'_3bBC+a_1a'_4cB \\
&\ +a_2a'_1CB+0+a_2a'_3cC+0 \\
&\ +a_3a'_1cB+0+a_3a'_3cBC+0 \\
&\ +a_4a'_1bCB+a_4a'_2CBC+a_4a'_3bcC+a_4a'_4cCB \\
&=(a_1a'_1b+a_1a'_4c+a_3a'_1c)B \\
&\ +(a_2a'_3+a_4a'_2+a_4a'_3b)cC \\
&\ +(a_1a'_2+a_1a'_3b+a_3a'_3c)BC \\
&\ +(a_2a'_1+a_4a'_1b+a_4a'_4c)CB
\end{aligned}
係数の付き方に癖がありますが、項の分布は均一です。
漸化式
この代数系は、もともと二次の正則行列 $A$ の冪乗を求めるため、$B+C$ に分割する過程で見付かりました。
A^n=(B+C)^n
そのため $B+C$ を掛けることが重要で、その様子を見てみます。
\begin{aligned}
&(a_1B+a_2C+a_3BC+a_4CB)(B+C) \\
&=a_1B(B+C)+a_2C(B+C)+a_3BC(B+C)+a_4CB(B+C) \\
&=a_1bB+a_1BC+a_2CB+0+a_3cB+0+a_4bCB+a_4cC \\
&=(a_1b+a_3c)B+a_4cC+a_1BC+(a_2+a_4b)CB
\end{aligned}
冪乗の世代をコンマ付きの添え字で表すと、係数の漸化式が立てられます。
\begin{aligned}
a_{1,1}&=1,&a_{1,n}&=a_{1,n-1}b+a_{3,n-1}c \\
a_{2,1}&=1,&a_{2,n}&=a_{4,n-1}c \\
a_{3,1}&=0,&a_{3,n}&=a_{1,n-1} \\
a_{4,1}&=0,&a_{4,n}&=a_{2,n-1}+a_{4,n-1}b
\end{aligned}
漸化式の形にすると、$a_1,a_3$ と $a_2,a_4$ の2つの系列に分かれて、それらは混ざらないことが分かります。また、$a_2,a_3$ は1世代前の $a_1,a_4$ を引き継いでいるため、$a_1,a_4$ は2世代前を指す漸化式が立てられます。
\begin{aligned}
a_{1,1}&=1,&a_{1,2}&=b,&a_{1,n}&=a_{1,n-2}c+a_{1,n-1}b \\
a_{4,1}&=0,&a_{4,2}&=1,&a_{4,n}&=a_{4,n-2}c+a_{4,n-1}b
\end{aligned}
$a_1$ と $a_4$ は初期値が違うだけで漸化式は同じです。$a _ {4,3}$ を計算します。
a_{4,3}=a_{4,1}c+a_{4,2}b=0c+1b=b
これは $a_1$ と $a_4$ が1世代ずれていることを意味します。
a_{4,n}=a_{1,n-1}
以上をまとめると、$a_1$ はフィボナッチ数列のように計算すれば良く、残りは付随して値が決まることが分かりました。便宜上、第0世代を導入します。
\begin{aligned}
a_{1,0}&=0,&a_{1,1}&=1,&a_{1,n}&=a_{1,n-2}c+a_{1,n-1}b \\
&&a_{2,1}&=1,&a_{2,n}&=a_{1,n-2}c \\
&&&&a_{3,n}&=a_{1,n-1} \\
&&&&a_{4,n}&=a_{1,n-1}
\end{aligned}
※ $\operatorname{det}(A)=-c$ より $a_1$ の漸化式はケイリー・ハミルトンの定理のものと同一です。
$a_3=a_4$ より $BC+CB$ としてまとめられ、項が3つに減ります。
5乗までを展開してみます。
\begin{aligned}
(B+C)^2&=bB+BC+CB \\
(B+C)^3&=(b^2+c)B+cC+b(BC+CB) \\
(B+C)^4&=(b^3+2bc)B+
bcC+(b^2+c)(BC+CB) \\
(B+C)^5&=(b^4+3b^2c+c^2)B+(b^2c+c^2)C+(b^3+2bc)(BC+CB)
\end{aligned}
漸化式を利用することで、かなり簡単になりました。
応用
二次正方行列の冪乗を求める過程で見付かりました。しかしケイリー・ハミルトンの定理でも漸化式を使う方法があり、それに比べて特に有利な点はありません。
それ以外の応用は不明です。