ケイリー・ハミルトンの定理を使って、2乗で成分がすべてゼロになる行列を調べます。
『行列と代数系』シリーズの記事です。
- 実二次正方行列の初歩
- 一次変数変換と行列の積
- 単位行列と逆行列
- 掃き出し法と逆行列
- 行列の積の性質
- 行列の演算
- ケイリー・ハミルトンの定理
- 零行列と冪零行列 ← この記事
- 零因子ペアの生成
- 実二次正方行列と代数系
目次
今回は連立方程式との対応は最低限に留めます。
零行列
次の式は変数 $x,y$ が $x',y'$ の値に依らずに $0$ になることを表します。
\begin{cases}
x=0x'+0y'=0 \\
y=0x'+0y'=0
\end{cases}
この変換に対応する行列を零行列と呼びます。$O$ と表記します。
零行列
O=\begin{pmatrix}0&0\\0&0\end{pmatrix}
零行列にどんな行列を掛けても零行列となります。零行列を $O$ と表記するのは、この性質が $0$ を掛けることに似ているためです。
零行列の性質
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}O
=O\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
=O
冪零行列
冪乗によって $0$ となる性質を冪零と呼びます。自然数乗であれば何乗でも構いません。
行列では $0$ に相当するのは零行列 $O$ で、冪零となる行列を冪零行列と呼びます。
どのような行列が冪零行列になるかを調べます。
2乗
ケイリー・ハミルトンの定理を使って、2乗で初めて $O$ となる条件を調べます。2乗する前から $O$ である零行列は除外します。
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}^2
=(a+d)\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}-(ad-bc)I
右辺が $O$ になるには、$(i)$ 両係数が $0$ になるか、$(ii)$ 2項が相殺する必要があります。
$(i)$ 両係数が $0$ になる場合、次の関係式が成り立ちます。
\tag{1} a+d=0
\tag{2} ad-bc=0
$(1)$ より
\tag{3} d=-a
$(2)$ に $(3)$ を代入して
\tag{4} bc=-a^2
$(3),(4)$ を満たす行列は、具体的には次の形となります。
\begin{cases}
x=~~~~~a(ax''+by'')+b(-\frac{a^2}bx''-ay'')=0 \\
y=-\frac{a^2}b(ax''+by'')-a(-\frac{a^2}bx''-ay'')=0
\end{cases}
\begin{pmatrix}a&b\\-\frac{a^2}b&-a\end{pmatrix}^2=O
\begin{cases}
x=a(ax''-\frac{a^2}cy'')-\frac{a^2}c(cx''-ay'')=0 \\
y=c(ax''-\frac{a^2}cy'')-~~a(cx''-ay'')=0
\end{cases}
\begin{pmatrix}a&-\frac{a^2}c\\c&-a\end{pmatrix}^2=O
特に $a=0$ の場合が特徴的です。
\begin{cases}
x=0(0x''+by'')+b(0x''+0y'')=0(0x''+0y'')+0(cx''+0y'')=0 \\
y=0(0x''+by'')+0(0x''+0y'')=c(0x''+0y'')+0(cx''+0y'')=0
\end{cases}
\begin{pmatrix}0&b\\0&0\end{pmatrix}^2
=\begin{pmatrix}0&0\\c&0\end{pmatrix}^2
=O
$(ii)$ 2項が相殺する場合、第1項の行列を単位行列の定数倍とするためには行列の形が制限されて、$a=d$ かつ $b=c=0$ となる必要があります。
2a\begin{pmatrix}a&0\\0&a\end{pmatrix}-a^2I
=2a^2I-a^2I=a^2I=O
これを満たすのは $a=0$ の零行列だけですが、零行列を除外しているため該当する行列は存在しません。
以上より、2乗で初めて $O$ となる冪零行列は $ad-bc=0$ かつ $a+d=0$ となります。$ad-bc=0$ より正則ではありません。具体例を示します。
\begin{cases}
x=~~~2(2x''+y'')+~~(-4x''-2y'')=0 \\
y=-4(2x''+y'')-2(-4x''-2y'')=0
\end{cases}
\begin{pmatrix}2&1\\-4&-2\end{pmatrix}^2=O
3乗以降
3乗以降で $O$ となる条件も $ad-bc=0$ かつ $a+d=0$ です。これは2乗で既に $O$ となる条件のため、3乗以降で初めて $O$ となる冪零行列は存在しません。
なお、ここまでは行列のサイズを 2×2 に限定した話です。行列のサイズが n×n であれば、n乗までの初めて $O$ となる冪零行列が存在します。今回の範囲を超えるため、詳細は省略します。
成分によらない調査
今までは成分に注目して積の性質を調べてきました。成分を見なくても、積の性質から分かることもあります。
$X$ は $X ^ 2=O$ となる冪零行列とします。$X+I$ と $X-I$ は冪零行列ではありません。2乗を確認します。
(X+I)^2=X^2+2X+I^2=~~~2X+I \\
(X-I)^2=X^2-2X+I^2=-2X+I \\
何乗しても一次の項と単位行列が残り、それらが相殺することはありません。
$X+I$ と $X-I$ の積は単位行列の $-1$ 倍となります。
(X+I)(X-I)=X^2-I^2=-I
$X$ と $I$ の位置を入れ替えると、積は単位行列となります。
(I+X)(I-X)=I^2-X^2=I
これは $I+X$ と $I-X$ が互いに逆行列の関係にあることを意味します。つまり両者ともに正則です。
成分で確認
念のため成分で確認します。
\begin{aligned}
X^2&=\begin{pmatrix}a&b\\-\frac{a^2}b&-a\end{pmatrix}^2=O \\
I+X&=\begin{pmatrix}1+a&b\\-\frac{a^2}b&1-a\end{pmatrix} \\
I-X&=\begin{pmatrix}1-a&-b\\\frac{a^2}b&1+a\end{pmatrix}=(I+X)^{-1} \\
\end{aligned}
ケイリー・ハミルトンの定理に似た逆行列の定義で $a+d=2, ad-bc=1$ となるケースに相当します。
\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}^{-1}
=\frac1{ad-bc}\left\{
(a+d)I-\begin{pmatrix}a&b\\c&d\end{pmatrix}
\right\}
(I+X)^{-1}=\frac11\{2I-(I+X)\}=I-X
具体例を示します。
\begin{aligned}
\begin{pmatrix}2&1\\-4&-2\end{pmatrix}^2&=O \\
I+\begin{pmatrix}2&1\\-4&-2\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}3&1\\-4&-1\end{pmatrix} \\
I-\begin{pmatrix}2&1\\-4&-2\end{pmatrix}
&=\begin{pmatrix}-1&-1\\4&3\end{pmatrix}
=\begin{pmatrix}3&1\\-4&-1\end{pmatrix}^{-1}
\end{aligned}
今後は成分や具体例を省略することもありますが、必要に応じて確認してみると良いでしょう。
参考
3乗で $O$ になる冪零行列についての話題を扱っています。
なお、回答中の $a+b=0$ と $a+b≠0$ はそれぞれ $a+d=0$ と $a+d≠0$ の誤りだと思われます。
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