古代ギリシア語を語源として扱ったり雰囲気を味わう目的でのローマ字転写を考えました。
目次
実装
コードを公開しました。
オンラインでも利用できます。
文字コードの技術面については以下の記事を参照してください。
動機
ロマンス語間の違いを味わうことを主な目的として、ダンテ『神曲』の勉強会を開催しています。
主なロマンス語への翻訳が存在するため、このような目的には題材として向いていると感じています。必ずしもロマンス語に限定しているわけではないため、馴染みのある英語も対象にしています。
言語 | 本文 |
---|---|
イタリア語 | Nel mezzo del cammin di nostra vita |
日本語 | 人の生の道なかば、 |
ラテン語 | In medio itineris vite nostre |
英語 | Midway upon the journey of our life |
フランス語 | Au milieu du chemin de notre vie, |
スペイン語 | A mitad del camino de la vida, |
ポルトガル語 | Da nossa vida, em meio da jornada, |
語源的なつながりを重視していますが、調べるとギリシア語が出て来ることも多いです。また、『神曲』の古代ギリシア語風の翻訳もあります。(カサレヴサに近いようです。👉参考)
Ἐν τῷ μέσῳ τῆς τρίβου τοῦ βίου τούτου
これを取り上げるに当たって、以下の理由でローマ字転写することにしました。
- ギリシア語の学習経験は問わないが、雰囲気だけでも味わいたい。
- なんちゃってでも構わないので音読したい。
- 語源的に関連する語彙を拾いやすくしたい。
今回の方式による転写です。
En tộ mésọ̄ tês tríbū tû bíū tǔtū
AI で単語表の作成を試みています。
- AI で『神曲』の古代ギリシア語訳を分析
- まとめ: https://github.com/7shi/dante-la-el/blob/main/Inferno/ChatGPT/grc/01-grc.md
方針
語彙は文字の見た目で連想している面があるため、ギリシア文字は少し練習すれば読めるということとは別に、英語やラテン語に借用されたときに近い見た目で転写したいと考えました。
そのような方式は Classical として既に存在します。
転写(というか翻字)の可逆性を考えて ει を ei とした以外は、基本的にこの方式を踏襲しました。
ギリシア文字 κ(カッパ)は見た目的には k で、実際そのように転写されることが多いですが、ラテン語経由で英語に借用される際は c として綴られます。
例えば economy は οἶκος「家」と νέμω「分配する」に由来しますが、ギリシア文字 οἶκος やローマ字転写 oîkos(ギリシア文字の見た目ほぼそのまま)を見ても、初見で eco- とのつながりを見抜くのは難しいのではないでしょうか。oecos と転写すれば、多少は分かりやすくなります。(アクセントについては後述)
※ この方式では ce, ci を「ケ、キ」と読むことに難しさがあります。事情はラテン語でも同様ですが、会話するわけでもないので割り切ります。
もちろん学習が進めばギリシア文字のままでも語源的なつながりは認識できるでしょうし、そうなることが望ましいとは思います。ここでは取っ掛かりとして心理的な障壁を下げることに主眼を置いています。
アクセント
アクセント記号が何種類もあって、慣れないうちは声調のようなピッチを意識するのが難しいです。特に二重母音の右側にアクセントを記述することや、長母音における鋭アクセントと曲アクセントの区別などが、ある程度の慣れを必要とします。
アキュート(鋭アクセント)だけを高くするという原則に、残りは付加規則としてやり繰りすることを目的として、以下のような方式を考案しました。
- アキュート( / )はアクセントがある(高い)
例: theós - グレイヴ( \ )はアクセントがない
例: theòs - ハット( ⋀ )は / + \(前が高い・下降調)
例: nêsos (= néèsos) - 二重母音ではアキュートとグレイヴに分割
例: óècos - ハーチェク( ⋁ )は \ + /(後ろが高い・上昇調)
例: phōně (= phōnèé) - 下のドット( . )は i(これが付く母音は必ず長い)
例: Hạ̌dēs (= Hǎidēs)
ハットの説明は他でも見掛けるものですが、ハーチェクについては独自方式です。声調を表す形としての由来が、中国語のピンインのように音の高さをグラフとして表現した形を意識しているわけではないため、そちらを知っていると混乱するかもしれません。むしろピンイン的な感覚だとアキュートで上昇調を表すのは違和感がありませんが、他との整合性に問題があります。
※ ハーチェクの導入は前衛的すぎるため、実際に運用して問題があれば取り下げる可能性があります。
下書きのイオタに関しては、細かいことを言うと οι を oe と転写するのに i として良いのかという問題はあります。実際に i と表記するわけではないということと、必ずしも発音しなくても良いということから、割り切ります。
参考
『神曲』の現代ギリシア語訳を紹介している記事です。今回取り上げた古代ギリシア語訳は、現代風にアクセントが単一化されて引用されています。
Εναλλακτική μετάφραση Κωνσταντίνου Μουσούρου:
Εν τω μέσω της τρίβου του βίου τούτου
Ευρέθην εν σκοτεινώ τινι δρυμώνι
Της γαρ ευθείας οδού παρεξετράπην
Ω, πόσον δεινόν ειπείν ως ην εκείνος
Ο δρυμών τραχύς, άγριος και συνήρης
Ούπερ ή μνημη τον φόβον διεγείρει!
Όντως έστιν ήττον τι πικρός θανάτου.