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古典力学と特殊相対論から計算する重力による時間遅延

時間の進み方は観測者の状況によって変化します。本記事では、古典力学特殊相対性理論の考え方を使って、なるべく簡単に重力場における時間の遅れを計算します。

シリーズの記事です。

  1. 時間変換における基底と成分
  2. 古典力学と特殊相対論から計算する重力による時間遅延 ← この記事
  3. GPS 衛星の時間のずれ
  4. 時間遅延とラグランジアン

目次

前提となる物理法則

この考察で使用する物理法則は以下の二つだけです:

  1. 古典力学における脱出速度の法則:
    物体が惑星の重力圏から完全に脱出するために必要な最小の速度は $v_e = \sqrt{\dfrac{2GM}{R}}$ で与えられます。

  2. 特殊相対性理論における時間の遅れ:
    相対速度 $v$ で運動する物体で時間が遅れる比率は $\alpha=\sqrt{1-\dfrac{v^2}{c^2}}$ で与えられます。

以下、これらの値を導出します。

脱出速度の導出

質量 $M$$m$ の 2 つの物体間の位置エネルギー $U$ は、無限遠$r→∞$)を最大値 $0$ とすれば、有限距離($r<∞$)ではマイナスとなります。

U=-G\frac{Mm}r

力学的エネルギー $E$ は運動エネルギー $T$位置エネルギー $U$ の和で表されます。

E=T+U=\frac12mv^2-G\frac{Mm}r

無限遠では位置エネルギー$0$ となり、脱出速度の定義より速度も $0$ となることから、$E=0$ となります。よってエネルギー保存則より

\frac{1}{2}mv^2 = G\frac{Mm}{r}
v = \sqrt{\frac{2GM}{r}}

$r$ を惑星の中心からの距離 $R$ とすれば、このときの $v$ は脱出速度 $v_e$ となります。

v_e = \sqrt{\frac{2GM}{R}}

特殊相対性理論における時間の遅れの導出

時間の遅延を表現する直角三角形において、斜辺は光速 $c$、底辺は速度 $v$、高さは時間の換算速度 $\alpha c$ を表します。この関係はピタゴラスの定理を用いて表すことができます。

c^2=v^2+(\alpha c)^2
\alpha=\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}

基準系で 1 秒経過したとき、速度 $v$ で運動する物体では $\alpha(\le1)$ 秒経過します。本記事では $\alpha$時間の遅延率と呼びます。

※ この計算は、四元速度のノルムが光速であることを利用しています。$\alpha$ローレンツ因子 $\gamma$ の逆数です。

重力による時間の遅れの導出

ある瞬間に質量 $M$ で半径 $R$ の惑星の地表面にいる二人の観測者を考えます。

  • A:その場所で静止
  • B:無限遠から自由落下してきて、A の位置を脱出速度で通過(運動の方向は脱出とは逆)

重力の影響を受けない無限遠の基準系から見た B の時間の遅延率 $\alpha_B$ を計算します。

\alpha_B=\sqrt{1-\frac{{v_e}^2}{c^2}}=\sqrt{1-\frac{2GM}{Rc^2}}

ここで重要な仮定をします。

  • 重力場の影響下で静止する A の時間の遅延率 $\alpha_A$ は、同じ位置を脱出速度で自由落下する B の時間の遅延率 $\alpha_B$ に一致する。

この仮定は、一般相対性理論と同じ結果を与えます。言い換えれば、A は静止しているにも関わらず重力場の影響によって、脱出速度で自由落下する B と同じ比率で時間が遅れるということです。

※ 脱出速度の導出で見たように、運動エネルギーと重力ポテンシャルエネルギーの絶対値が等しいことから、エネルギーと時間の関係が示唆されます。

地球表面

ここまでの結果を地球表面での状況に適用します。

  • 地球の質量:$M ≈ 5.97×10^{24}\,\mathrm{kg}$
  • 地球の半径:$R ≈ 6.37×10^6\,\mathrm{m}$
  • 万有引力定数:$G ≈ 6.67×10^{-11}\,\mathrm{m}^3\,\mathrm{kg}^{-1}\,\mathrm{s}^{-2}$
  • 光速:$c ≈ 3.00×10^8\,\mathrm{m}\,\mathrm{s}^{-1}$

これらの値を式に代入して、地球表面での時間の遅れを計算します。

\begin{aligned}
\sqrt{1-\frac{2GM}{Rc^2}}
&≈\sqrt{1-\frac{2(6.67×10^{-11})(5.97×10^{24})}{(6.37×10^6)(3.00×10^8)^2}} \\
&≈\sqrt{1-\frac{7.96×10^{14}}{5.73×10^{23}}} \\
&≈\sqrt{1-1.39×10^{-9}} \\
&≈1-695×10^{-12}
\end{aligned}

この結果を用いて、時間の遅れをまとめます。

単位時間 基準系からの遅延
1 秒 695 ピコ秒
1 日 60.0 マイクロ秒
1 年 21.9 ミリ秒