GPS 衛星の時間のずれを、重力と運動の両方による影響を考慮して計算します。
シリーズの記事です。
- 時間変換における基底と成分
- 古典力学と特殊相対論から計算する重力による時間遅延
- GPS 衛星の時間のずれ ← この記事
- 時間遅延とラグランジアン
目次
地球重力による時間の遅延
前回の記事の内容をまとめます。
- 地球の質量:
$M ≈ 5.97×10^{24}\,\mathrm{kg}$
- 地球の半径:
$R ≈ 6.37×10^6\,\mathrm{m}$
- 万有引力定数:
$G ≈ 6.67×10^{-11}\,\mathrm{m}^3\,\mathrm{kg}^{-1}\,\mathrm{s}^{-2}$
- 光速:
$c ≈ 3.00×10^8\,\mathrm{m}\,\mathrm{s}^{-1}$
重力の影響がない系を基準系とします。地球表面における重力による時間の遅延率は、基準系から見た脱出速度 $v_e$
での運動による時間の遅延に一致します。
\begin{aligned} \sqrt{1-\frac{{v_e}^2}{c^2}} &= \sqrt{1-\frac{2GM}{Rc^2}} \quad \left(v_e = \sqrt{\dfrac{2GM}{R}}\right) \\ &≈ \sqrt{1-\frac{2(6.67×10^{-11})(5.97×10^{24})}{(6.37×10^6)(3.00×10^8)^2}} \\ &≈ 1-695×10^{-12} \end{aligned}
基準系に比べて、地球表面では 1 秒あたり約 695 ピコ秒遅れます。
GPS 衛星
GPS 衛星は、高度 20,200 km、周期 12 時間で地球を周回しています。👉wikipedia:GPS衛星
衛星軌道は地表よりも重力が弱いため、時間が速く進みます。
- 地球中心からの距離:
$R_G ≈ (6370 + 20200)×10^3 ≈ 2.66×10^7\,\mathrm{m}$
\begin{aligned} \sqrt{1-\frac{2GM}{R_Gc^2}} &≈ \sqrt{1-\frac{2(6.67×10^{-11})(5.97×10^{24})}{(2.66×10^7)(3.00×10^8)^2}} \\ &≈ 1-166×10^{-12} \end{aligned}
重力の影響だけを考えれば、地表に比べて、GPS 衛星では 1 秒あたり約 695-166=529 ピコ秒進みます。
高速で周回しているため、運動による時間の遅延が発生します。
- 周回速度:
$v_G ≈ \dfrac{2 \pi R_G}{12×60^2} ≈ 3.87×10^3\,\mathrm{m}\,\mathrm{s}^{-1}$
\begin{aligned} \sqrt{1-\frac{{v_G}^2}{c^2}} &≈ \sqrt{1-\frac{{(3.87×10^3)}^2}{(3.00×10^8)^2}} \\ &≈ 1-83.2×10^{-12} \end{aligned}
運動の影響だけを考えれば、地表に比べて、GPS 衛星では 1 秒あたり約 83.2 ピコ秒遅れます。
重力と運動の両方の影響を考えれば、地表に比べて、GPS 衛星では 1 秒あたり約 529-83=446 ピコ秒、1 日あたり約 38.5 マイクロ秒進みます。
重力と運動の影響が近いスケールで打ち消し合うのが興味深いです。
換算速度
重力の影響は脱出速度に換算してから計算しているため、すべて速度で比較することが可能です。スケールの近さが実感できます。
- 地表からの脱出速度(第二宇宙速度):
$v_e=\sqrt{\dfrac{2GM}{R}} ≈ 11.2\,\mathrm{km/s}$
- GPS 衛星軌道からの脱出速度:
$v_{eG}=\sqrt{\dfrac{2GM}{R_G}} ≈ 5.47\,\mathrm{km/s}$
- GPS 衛星の周回速度:
$v_G=\dfrac{2 \pi R_G}{12×60^2} ≈ 3.87\,\mathrm{km/s}$
$x\ (x>0)$
が 1 に比べて極めて小さい時($x \ll 1$
)、$\sqrt{1-x}≈1-\frac12x$
という近似によってルートが外せます。これを時間遅延の式に適用します。
\sqrt{1-\frac{v^2}{c^2}}≈1-\frac{v^2}{2c^2}\quad(v \ll c)
※ 今回の計算では、近似の影響は有効数字 3 桁の範囲外に収まります。
これにより、時間の遅延率において 1 との差だけが計算できます。速度差から時間のずれを計算します。
\frac{\overbrace{{v_e}^2-{v_{eG}}^2}^{\text{重力差より}}\overbrace{-{v_G}^2}^{\text{運動より}}}{2c^2} &≈\frac{(11.2^2-5.47^2-3.87^2)×(10^3)^2}{2×(3.00×10^8)^2} \\ &≈\frac{125-29.9-15.0}{18.0×10^{10}} \\ &≈(694-166-83.3)×10^{-12} \\ &≈445×10^{-12}
この計算方法は比較的簡単で、速度の段階では日常的な感覚からも極端にかけ離れていません。
※ 以前の計算に比べて最後の桁が変わっているのは近似の影響ではなく、割り算の回数が増えたことによる丸め誤差です:695-166-83.2≈446 → 694-166-83.3≈445
まとめ
重力や運動による時間のずれは非常に小さいものの、GPS 衛星の精密な運用には考慮が必要なほど測定可能な大きさです。この影響は、位置測定に換算すれば数キロメートルの誤差につながるため、補正が不可欠となります。